◆さまざまな対話手法
「フューチャーセンター」なるものがブームになりつつあります。
この5年くらいで見ると、ファシリテーションのブームで対話に対する関心が高まり、より大規模な対話をしたいというニーズが強くなり、ホールシステムアプローチが注目されるようになりました。ホールシステムアプローチの代表はワールドカフェで、そのほかにもオープンスペーステクノロジー(OST)、AI、フューチャーサーチなど、続々と新しい手法が活用されるようになってきました。
これらの手法が組織開発を主たる目的にしているのに対して、イノベーションを目的とする対話手法も登場してきました。それが、フューチャーセンターです。
◆知的資本経営とフューチャーセンター
フューチャーセンターは、1990年代にスエーデンのルンド大学でナレッジマネジメントを専門にしているレイフ・エビドンソン教授が使い出した名称です。当時、北欧の国は知的資本経営へ活発に取り組んでいました。目的は海外資本の呼び込みです。北欧の国々は、資本や資源には乏しいものの、従業員の質や知識、将来的なポテンシャルでは負けないという自負を持っており、それをアピールするために行おうとしたのが「知的資本の定量化」です。
知的資本経営では、「現在の収益は過去の知的資本が生み出したもの」と考えます。この理屈でいえば、企業が成長していくには、「未来の知的資本を生み出す活動」が必要になることから、エビドンソン教授はその場として、フューチャーセンターを考えたわけです。
では、未来の知的資本とは何か。ここが問題の本質です。
日本におけるフューチャーセンターのエバンジェリストの野村恭彦さんは、フューチャーセンターについて書かれた日本発の書籍「フューチャーセンターをつくる」において、知的資本には、人的資本、構造的資本、関係性資本があることから、
・未来の人的資本=人の成長
・未来の構造性資本=ビジネスモデルなどのアイデアの創出
・未来の関係性資本=新しい人と人のつながり
だとしています。つまり、「未来の知的資本を生み出す」フューチャーセンターとは
「人が成長し、アイデアが創出され、人のつながりが生まれる場」
だと定義しています。
さらに、野村さんは企業がフューチャーセンターに取り組む理由は
レベル1:企業の中に対話の文化を育みたい
レベル2:組織横断でスピーディーに問題解決できるようにしたい
レベル3:社外ステークホルダーとともにイノベーションを起こしたい
の3つのレベルがあると言います。
◆プロジェクトの推進のしくみとしてのフューチャーセンター
フューチャーセンターはプロジェクト推進のしくみにもなります。一般的なプロジェクトの目的はレベル2の組織横断的で、スピーディーな問題解決にあります。ところが、実際には、商品開発プロジェクトなどを取り上げてみても、なかなか、スピーディーとまではいかない現実があります。これは、プロジェクトチームという閉じたチームを作り、「ステークホルダー」とコミュニケーションで進めていこうというやり方に問題があるためです。
ステークホルダーという概念は、本来、内外を問わず、すべての利害関係者を指す言葉です。会社であれば、株主や顧客、取引先だけではなく、社員はもちろん、経営者もステークホルダーです。
プロジェクトでも同じです。経営層や上位組織や顧客、ベンダーはもちろんですが、プロジェクトスポンサーもプロジェクトマネジャーもメンバーもすべてステークホルダーです。ところが、たいていは、内と外に分けてしまい、外をステークホルダーだと考えがちです。これがプロジェクトのスピードを下げ、意思決定の質を下げている原因になっています。
では、どうすればいいのでしょうか?プロジェクトをフューチャーセンター化し、そこで、プロジェクトの終了後という未来に向けた対話を繰り返し、プロジェクトを進めていくことが求められます。
そこにはプロジェクトの実務部隊とは別に、プロジェクトマネジャーの采配で、さまざまなステークホルダーが席に付き、対話(フューチャーセッション)を繰り返しながら、プロジェクトを進めていきます。
◆フューチャーセンターによるイノベーションプロジェクトの推進
レベル3の外部ステークホルダーと一緒にイノベーションを起こしたいという場合もまったく同じです。イノベーションを起こすには、多様な視点の人が集まって、意見を出し合うことが重要です。
重要なことは、「未来志向」です。「過去の知的資本」を使えば、ある商品や情報システムを作れば、何が起こるか、おおよそ想像できます。しかし、それはすでに過去にあるものでイノベーションにはなりません。
未来の知的資本を使うということは、人の成長、アイデアの創出、新たな人のつながりを想像しなくてはなりません。情報システムの構築プロジェクトを考えてみましょう。従来のやり方では、ビジネスプレイヤーが自分たちのビジネスの革新に必要な情報システムの仕様と取り纏め、システム開発ベンダーに構築を依頼します。ここで、使う人(ユーザ)と作る人(ベンダー)に分かれてしまうわけです。
ここでフューチャーセンター化することによって、異なる人との新しいつながりが起こります。たとえば、ビジネスプレイヤーの顧客です。ほかにもいろいろと考えられるでしょう。いろいろな立場の人が入ることによって、ビジネスプレイヤー(発注者)とベンダーの対峙という構図はなくなり、いろいろな立場の人が対等に話をする関係が生まれます。そして、その関係の中でコラボレーションが起こり、ビジネスプレイヤーの革新のあり方についてのアイデアが生まれてきます。
さらには、コラボレーションにより、そこに参加する人たちが成長します。ビジネスプレイヤーは顧客を理解し、情報技術のインパクトを理解します。ベンダーはプロジェクトの顧客であるビジネスプレイヤーや、さらにその先にいる顧客を理解します。顧客はサービスの提供者であるビジネスプレイヤーや、情報システムを作るベンダーを理解します。そして、このような相互理解が場のポテンシャルを高め、さらに新しいアイデアを創出していきます。
フューチャーセンター化することによって、こんなスパイラルが期待できるのです。
また、プロジェクトのフューチャーセンター化を支援するフューチャーセンターを設置することも考えられますが、この話は、また別の機会にしたいと思います。
※参考資料 野村 恭彦
「フューチャーセンターをつくろう ― 対話をイノベーションにつなげる仕組み」
プレジデント社(2012)
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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