◆プロジェクトは「目標」で動くのか
プロジェクトを動かしているのは、上位組織が戦略計画や事業改革からプロジェクトに落とし込む「目標」であると多くの人が信じている。
これに対して、「最も影響力のある経営思想家」トップ50人にも選ばれているマーカス・バッキンガム氏が興味深いことを言っている。それは、
「最高の企業は目標を落とし込まない。最高の企業は「意味」を落としこむ。」
だ。バッキンガム氏がこのように考える背景には、
「目標が役に立つかどうかの判断する唯一の基準は自分自身で自発的に設定したかどうかだ」
という考え方がある。これを基準に考えると、上位組織が落とし込んだプロジェクトの目標は役に立たないことになる。
今回のPMスタイル考はこの問題について考えてみたい。
◆現場主義とプロジェクト
プロジェクトマネジメントを学んだことのある人なら、
「プロジェクトとは、ビジョンにもとづいて戦略を作り、戦略から目標を作り、目標を達成するために計画を作り、実行する活動である」
と考え、その活動を推進していくのがプロジェクトマネジメントだと考える人が多いだろう。一言でいえば、戦略実行のためのトップダウンのオペレーションがプロジェクトであり、そのオペレーションを自律的に行うのがプロジェクトマネジメントである。
一方で、かつての日本の現場主義はこのような前提では考えられていなかった。戦略の必要性が言われるようになる以前はもちろんだが、90年代くらいから戦略マネジメントが注目されるようになってきて戦略を作らなくてはならないと考えるようになってきても90年代は現場視点からの戦略を作っていた。つまり、現場がすべきだと考えることが実行できるように戦略を作っていた。
一方で、経営者の中には、現場を中心に据えながらも大局観を持ち、企業として進み方を調整している人と、現場から突破していこうと考える人がいた。そして、21世紀になってまず前者が戦略マネジメントに舵を切った。そして、企業統治の強化という大きな流れの中で、多くの企業がトップダウンの戦略マネジメントに舵を切った。そして、その「オペレーションとして実施されるようになったのがプロジェクトである。
皮肉なことに戦略マネジメントが進むにつれて徐々に経済が衰退していったので、日本企業には戦略マネジメントは適合しない、現場軽視の結果だと批判する識者も少なくない。
いきなり余談になるが、菅義偉総理の政治の進め方を見ていると、現場主義の時代を思い出す。脱炭素社会の実現、携帯料金の値下げ、捺印の廃止、オンライン診療の推進など、いわば一点突破で進めようとしている。菅総理を批判をする人は国家としてビジョンを示さず、戦略もなく、デジタル化推進とか、公共サービスの見直しといった戦術レベルで課題を取り上げ、個別問題を解決しようとしているという。
◆正解のない時代を迎え衰退する戦略マネジメント
話を元に戻す。日本では現場主義から戦略マネジメントに変わってきた流れがあり、今でも戦略に時間をかけることが重要だと考えられているが、逆に世界では戦略マネジメントが衰退しつつある。今、世界を牛耳いるGAFAは戦略的な経営をしていない(また機会があれば書きたいと思っているが、戦略というのは本質的に投資家対策であり、企業にとって本質的に必要なものかどうかは怪しい)。
つまり、ビジョンやパーパスを明確にし、ビジョン実現の戦略は作らずに、どんどん事業を作っていく。そして、ビジョン実現に効果のある事業だけを残し、成長の起点にし、ビジョンを実現している。これをドラスティックに行っているのが、グーグルである。創業以来20年間で手掛けた新規事業は50以上にのぼり、その三分の一は5年程度で撤退しているという。これまでだと考えられないような事業スタイルだ。
その背景にあるのが、VUCAである。よく知られているようにVUCAは当初、軍事領域の話だったが、21世紀になってから一般的な社会生活や経済活動もVUCAにってきている。予測や最適化ができないVUCAの中では、戦略というのはあまり意味がない。逆に、ビジョンが重視され、ビジョンに基づき、どんどん新しい取り組みをしていくことが必要になる。
そして、その取り組みは自発的であることが不可欠である。逆にいえば、従来のようにビジョンから戦略を作り、戦略を実現するために達成しなくてはならない目標に落とし込むトップダウンのやり方ではVUCAに対応できない。
なぜなら、トップダウンのやり方は経営や事業には正解があり、それを的確に見つけることができるのがマネジャーであるという前提に立っている。しかし、そもそもVUCAの時代には正解がないのだ。だから、VUCAに対処するには何をすればよいかが問題ではなく、このような前提を変えた組織やマネジメントに変わっていくことが必要だ。
VUCAの時代を迎え、多く人はその中でも正解を出してくれるリーダーを求めているが、これはナンセンスである。
◆プロセスを重視する管理
このように、VUCAの時代にはプロジェクトの目標を企業や組織の目標から落とし込んでも役に立たない。にも拘わらず、なぜこういうやり方をしているかというと、管理に役立つからだ。その背景には、成果ではなく、プロセスの重視がある。
プロセスを重視すれば、ビジョンから戦略、戦術、目標の落とし込みは管理しやすくなる。これを透明性という言葉で表現される。成果を評価して云々ではなく、プロセスをちゃんと踏んでいれば、望ましい成果が生まれるという仮定があるからだ。
ちなみにこのような考え方の延長線上にプロセス改善がある。プロセスがきちんとしていれば成果が生まれるという思いは強く、それが改善の推進動機になっている。このような思いは今でも継続している。そして、正解がある世界であればこのような仮定は正しいかった。
しかし、VUCAの世界ではそうではない。どうすべきかは、社員の一人一人が考え、それを自発的に目標にしなくては成果は生まれない。言い換えるとトップの果たすべき役割は正解を出すことから、ビジョンやパーパスを示すことに変わっているが、それに気がついていない企業が多い。ここに、日本の経済的な衰退の大きな原因がある。
例えば、GAFAを考えてみてほしい。どういうビジョンを持っているか、どういうパーパスを持っているかは話題になるし、トップは明確に発信している。成果としてどういう新製品が出てくるかも話題になる。そして、市場や投資家はビジョンと照らし合わせて製品の評価をされることが多い。しかし、戦略がどうだとか、目標がどうだとかいうことがあまり議論にならなくなっている。マネジメントの方法が変わってきたわけだが、そもそも、組織の在り方そのものも変わってきている。
◆組織がチームに落とし込むもの
だからといって、組織は仕事やプロジェクトに何も落とし込まなくてもよいというわけではない。仕事やプロジェクトが組織に関係なく、目標を立てて進めてよいわけではない。企業や組織として意思統一が図られている必要がある。
もう一度、バッキンガム氏が行った調査の結果を紹介しよう。彼は最高のチームがどういうものを調査し、高業績チームとそうでないチームの違いには以下の8つの違いがあることを明らかにした。
(1)仕事で「自分に期待されていること」をはっきりと理解している
(2)所属チームでは「価値観が同じ人」に囲まれている
(3)仕事で「強みを発揮する機会」が毎日ある
(4)私には「チームメート」がついている
(5)「優れた仕事」をすれば必ず認められると知っている
(6)仕事ではつねに「成長」を促されている
(7)「会社の使命」に貢献したいと心から思っている
(8)「会社の未来」に絶大な自信をもっている
ここで注意すべきは(1)〜(6)はチームの内部で生み出すことができるが、(7)と(8)は内部だけでは生み出すことができないことだ。
ここで鍵になるのが、チーム、あるいはメンバー一人一人にとってのビジョンやパーパスの意味なのだ。ビジョンやパーパスはその人にとってどのような意味があるのか。
逆にいえば、チームは、ビジョンやパーパスという抽象度の高い組織からのインプットを解釈し、自主的に自分たちの目標に変換していく必要がある。このような目標こそが組織やプロジェクトや仕事にとって意味のある目標である。
例えば、KPI、OKRを考えてみてほしい。目標が役立つかどうか、自分がより大きな貢献をする助けになるかどうかを判断する唯一の基準は、自分が自発的に設定し、自分にとって意味があるかどうかだ。それが組織への貢献に結びつく。
◆プロジェクトは意味で動かす
繰り返しになるが、VUCAの時代においてはプロジェクト目標を上位組織の戦略や目標から落とし込んできても役に立たない。もちろん、上位組織がプロジェクトを管理する役には立つ。
しかし、プロジェクトチームにとってはノルマになるだけで、パフォーマンスの向上には結びつかないし、創造的な仕事をするためにも役に立たない。プロジェクトで大きい成果を得るためには、ビジョンやパーパスからプロジェクトが自発的に目標を作り、取り組んでいく必要がある。そのためには、組織はプロジェクトに目標ではなく、意味を与える必要がある。
さらにいえば、他人が決めた目標を嫌うのがミレニアム世代の一つの特徴であるという。彼らは仕事に対しても、自分としての意味を求め、自分にとって意味があることには熱中する。プロジェクトマネジメントとしてメンバーのこういう特性を利用しない手はない。その意味でも、上位組織の目標設定者の想いを意味に落とすことは合理的である。
そして、プロジェクトチームは自ら、意味をプロジェクトの目的に変換していくのだ。
◆参考記事
【PMスタイル考】第165話 プロジェクトは目的ではなく、手段である
【PMスタイル考】第161話:「役に立つ」から「意味がある」へ
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3.コンセプトを実現する目的と目標の決定
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5.プロジェクトマネジメント計画を活用した柔軟なプロジェクト運営
6.トラブルの本質を見極め、対応する
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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