◆センスメイキング元年
今年の第1号でセンスメイキングの話をした。
【PMスタイル考】第143話:ソリューションからセンスメイキングへ
この記事では、クリスチャン・マスビアウが「センスメイキング」という著書で主張している、問題解決には問題を解決すること自体が「役に立つ」活動と、漠然とした課題に対して活動の「意味付け」をすることによって課題解決を図る方法があるという指摘を取り上げた。前者はソリューションと呼ばれ、後者がセンスメイキングであるが、マスビアウはこれからの時代は圧倒的に後者、すなわち、「意味付け」の方が重視されていくだろうとしている。
クリスチャン・マスビアウ(斎藤栄一郎訳)「センスメイキング」、プレジデント社(2018)
今年、1年、「役に立つ」から「意味がある」へという流れで、いろいろな記事を書いてきたが、今年最後のPMスタイル考で整理しておきたい。
◆価値観の源泉がシフトする
先日出版された、一橋ビジネススクール楠木建教授と株式会社ライプニッツ代表の山口周さんの対談本でも、この話題はかなり、重点的に取り上げられている。
楠木 建、山口 周「「仕事ができる」とはどういうことか?」、宝島社(2019)
この本で山口さんがいくつかの例を上げ、価値観の源泉が「役に立つ」から「意味がある」にシフトしつつあることを主張している。分かりやすい例を一つ紹介すると、自動車だ。
自動車では、日本車は移動に「役に立つ」をひたすら追求している。一方で、世界に目をやるをBMWやポルシェは日本車の3〜5倍の値段で飛ぶように売れている。これは、これらの自動車が「クルマがあることで人生の豊かさや充実感が得られる」というように「役に立つ上に意味がある」と考えられているからだ。
もう少しいえば、ランボルギーニやフェラーリのように「役に立たない、意味しかない」クルマもある。巨大な車体であるにも関わらず2人しか乗ればい、悪路は走れない、ガソリンスタンドには入れない、しかし、人はこのクルマを数千万円の対価を払って欲しがるのだ。
◆シフトに悪戦苦闘する日本企業
日本の企業は「役に立つ」で世界中で受け入れられてきた。その代表がパナソニックだろう。
日本の企業でメイクセンスで成功している企業はほとんどない。自動車の例でいえば、トヨタが一時、レクサスブランドを使ってメイクセンスを試みたが、結局、失敗している(ただし、役に立つクルマとしては成功している)。
また、ソニーも90年代に意味に注目した製品開発を試みている。その典型がAIBOだが、結局、中断してしまった。パナソニックも2010年代に意味付けに注目した製品を提供しようとしたが、あまりうまく行っていない。いずれもチャレンジはしているが、シフトできないままに終わっている。
この背景には日本の文化があると思われる。80年代にはまだ、意味付けの価値をつくりたいと思っている人たちがいた。しかし、バブルが一挙に崩壊し、そのような想いはしぼんでいった。また、その後、内部統制の強化によって、意味付けにシフトしようということすら難しくなってきた感がある。これは多くの研究者が言っていたが、やがて、シフトしようと考える人もいなくなり、今はひたすら「役に立つ」ものをつくることに邁進しているし、それが文化になっている。
また、消費者もひたすら役に立つものを求めるようになってきた。意味があるものが欲しいとは思わなくなってきた。自動車や家電はこのような動向に応えているのだろう。
一方で、この問題は、日本の経済成長ができないという問題と表裏一体になっている。当たり前だが、意味付けができないと収益率の高い商品は作れないし、コストダウンが必須になる。
その結果が、今の非正規社員が半数を占める社会であり、もはや先進国ではないと言われ始めている。現状が後進国かどうかはともかくとして、「役に立つ」ことに拘り、「意味付け」にシフトできないという問題の構造を考えると、いずれ、後進国になっていることは仕方ないだろう。
◆エンジニアと経営にとってのセンスメイキング
この1年、メイクセンシングについていろいろな人と話をしたが、あまり乗り気でないのはエンジニアである。これはエンジニアは「役に立つ」ことを目指してきたし、「意味がある」への価値観のシフトができないもっとも大きな原因ではないかと感じることが多いので別段驚くようなことではない。
実際にイノベーションは重要だと言いながら現実には難しいということで、あまり傾倒できないのだ。研究機関で仕事をしているエンジニアでも似たようなものだ。最近では、デザイン思考によるイノベーションを考えているが、デザイン思考は役に立つものをつくるには適しているが、意味付けには適さない。ゆえに、大した成果が上がらないままであまり話題にならなくなってきている。実際問題として「役に立つ」ことに関しては、日本のエンジニアはデザイン思考で考えるようなことは考えている。
これに対して、経営側のリーダーには意味付けの価値観にシフトしようとしている人が少なくない。しかし、エンジニアのいる現場と経営の間のギャップは大きく、また、上にのべたように統制のためにどんどん現場は実現の確実なテーマに傾いている。これはプロジェクトを見ても明らかだ。今の状況を一言でいえば、現場と経営の間を調整するミドルマネジメントが米国流のやり方で機能しなくなってきている。
◆パーパスで独立しながら協調する
この状況に対処するにはどうすればよいのだろうか。ネットの時代にミドルマネジメントを復活させるのはあまり現実的とは思えない。
その一つの答えが、何回か記事を書いたパーパスマネジメントである。パーパスは言うまでなく、目的であるが、パーパスマネジメントの世界では社会的な「存在意義」と訳している。存在意義は社会にとっての存在意義であり、個人のパーパスも組織にとって存在意義ではなく、社会にとっての存在意義なのだ。ここがポイントだ。
パーパスと目的の違いは、パーパスは組織から個人まであらゆる階層で独立した目的(存在意義)を持つことである。これは意外と難しい。例えば、プロジェクトマネジメントではプロジェクトの目的を明確にするように定めているが、目標に較べると二の次になり、そのプロジェクトの目的を収益を上げることだとか、売上げを上げることといった目標めいたことを目的にしていることも少なくない。
これを存在意義として考えてみると収益率を上げることが組織の社会的な存在意義というのもどうかと思うし、個人の存在意義が収益を上げるプロジェクトにすることだというのは明らかに社会的な存在意義としては違和感がある。
これについては、
【PMスタイル考】第157話:パーパス・ドリブンのプロジェクトマネジメント
【PMスタイル考】第158話:プロジェクトの成果と成果物
などの記事を書いたので、ぜひ、読み直してみて頂きたい。
組織には組織の存在意義があり、個人には個人の存在意義がある。その上で、オーバーラップしている部分で事業や仕事を進めていくのがパーパスマネジメントであり、これは個人が幸福を求めるこれからの時代に合っているといえる。
◆パーパスで「役に立つ」から「意味付け」へのシフトをする
さて、パーパスと上に述べた「役に立つ」から「意味付け」へのシフトの関係が問題である。ここで個人のパーパスが社会の役に立つものを生み出すであると、今の状態から変わらない。というか、むしろ、今のところ、パーパスをそのように考えている人が多いので、今のようになっていると言える。
社会の役に立つことを存在意義として考えることは構わない。しかし、抽象的すぎる。極論すれば、売れる商品を作れば世の中の役に立っていると考えることもできるし、収益を上げることでも巡り巡れば社会に役立っている。
問題は、もう少し、具体的に何によって役に立ちたいかを考えることだ。そして、そこで役に立つから意味付けにシフトする。これが意味付けに価値観をシフトするもっとも手っ取り速い方法だと思われる。
もちろん、こういう風に考えることによって、経営層や組織のパーパスと個人のパーパスの一致部分が大きくなり、イノベーションに取り組める確率が上がる。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
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