◆高まるプロジェクト憲章の重要性
プロジェクトマネジメントのコンサルティングの中で、15年くらい前からプロジェクト憲章の重要性を言い続けてきたが、VUCAの時代を迎えて、いよいよプロジェクト憲章の重要性が高まっている。VUCAなプロジェクトでは、ある意味で計画書よりもプロジェクト憲章の方が重要である。今回はこの問題について議論したい。
プロジェクト憲章を作る際によく誤解されていることがある。それは、プロジェクトマネジメントは「期待された成果物」にどのように到達するかを考えるものだという誤解である。まず、この認識を、プロジェクトマネジメントは「期待された成果」をどのように実現するかを考えるものだと変える必要がある。
このためには、まず、期待された成果から、その成果を上げるために適した目的を設定し、その目的を実現するためにクリアすべき目標を設定し、目標を達成するための計画を作って進めていく必要がある。
つまり、この一連の流れをプロジェクトデザインと呼ぶが、プロジェクト憲章をつくるというマネジメントはプロジェクトデザインそのものである。
◆プロジェクト目的は与えられるという誤解
プロジェクトデザインの中でも気になるのは、プロジェクトの目的の設定である。これがプロジェクトデザインのスタート地点で、すべてのプロジェクトの活動は目的を実現するためにあるからだ。
著者は長年プロジェクトマネジャーやプロジェクトスポンサーのメンタリングサービスを提供しているが、プロジェクト憲章を作る際に、「プロジェクト目的は与えられるものではない、自分で考えるものだ」と指摘すると、今度は「上司や上位組織はどう考えているのだろう」と目的を探し始めることが多い。
つまり、プロジェクトの目的は誰かが考え、どこかにあるものだと思っている。あるいは、組織では暗黙の了解で決まっていると考えているのだ。
このように考えると、出てくる答えは、納期通りにプロジェクトを終了させる、収益を上げる、顧客を満足させるといったことだ。少し勉強している人は、プロジェクトで得られた技術を組織に残していくとか、プロジェクトマネジメントで得られた経験を組織で共有するといったことが目的だと考える。
プロジェクトをデザインするというのはそういうことではない。プロジェクトをデザインするというというのはプロジェクトの目的を自分で決めることで、決めたプロジェクトの目的を実現するために、必要な目標設定を行うことだ。そして、その目標を達成するための計画を作る。これがプロジェクト計画である。
◆プロジェクト憲章の役割
PMBOK(R)の普及で非常に分かりにくくなっているが、PMBOK(R)以前のプロジ
クトマネジメントの教科書には、プロジェクト憲章は(最低限)、
・プロジェクト目的(成果)
・プロジェクトマネジャー
が書かれているドキュメントであると書いてあるものが多い。もちろん、最低限なので、PMBOK(R)のようにプロジェクト計画の前提を細かく決めることが悪いということではない。いずれにしても上位組織が行うプロジェクトデザインの結果を書いたものである。
重要なことは、これはどれだけ権限移譲をするかを意味していることだ。
プロジェクト目的だけ決めて、あとはプロジェクトマネジャーに全て任せるというのがもっとも権限委譲したスタイルである。しかし、ビジネスプロジェクトは、経営計画に基づく予算があり、その予算を超えることは好ましくないので、すべてをプロジェクトマネジャーに任せるとことは難しい。そこで、もう少し権限委譲の範囲を小さくするために、
・総予算
・納期
・プロジェクト成果物の概要(顧客要求)
といった主要な目標を決め、場合によっては、そのような目標に対するリスクの洗い出しも行うことがある。これらを整理するのがプロジェクト憲章であり、その作成はプロジェクトスポンサーの役割である。
言い換えるプロジェクトスポンサーの役割は、プロジェクトのデザインのうち、このような事項について決める役割がある。
プロジェクト憲章で指名されたプロジェクトマネジャーは、プロジェクト憲章の決定を前提にして、実現するために、マイルストーンなどの目標を決定し、その目標を達成するためのプロジェクト計画を作る。ここまでが、プロジェクトデザインである。
重要なことは、プロジェクトデザインはプロジェクトスポンサー(組織)とプロジェクトマネジャーが協力して行うことである。
◆VUCAなプロジェクトでは成果物を決めることができない
ところがVUCAなプロジェクトではこの構図が崩れる。詳しい話は、
【PMスタイル考】第158話:プロジェクトの成果と成果物
などを読んで頂きたいのだが、一言でいえば、プロジェクト環境の変化のため、組織から求められる成果を上げるための必要な成果物が変わっていく。このため、プロジェクトのデザインを変更せざるを得ない。ここで、問題になるのが、プロジェクト憲章の記載事項である。
プロジェクト憲章の段階で、成果物の概要(顧客要求)を決めることはできない。決めることができるのは、プロジェクトで得る成果だけであり、これをできるだけ実現できるようにプロジェクト目的を決定することになる。
さらにいえば、VUCAの度合いにもよるが、不確実性や曖昧性が大きく、大きな変動が予測される場合には、予算や納期を決めることも難しい。つまるところ、プロジェクト憲章の段階で決めることができるのは、(求める成果を実現できる)目的とプロジェクトマネジャーだけになる。
このようにVUCAなプロジェクトには、権限移譲が不可欠なのだ。
◆VUCA以前のプロジェクトスポンサー
このような枠組みで考えなくてはならないが、VUCA以前のプロジェクトではプロジェクトスポンサーが機能していないケースが多い。プロジェクトデザインにおいて、自身のすべきことをプロジェクトマネジャーに投げ出している。この背景にもプロジェクトの目的は決まっているという誤解があるのだ。
このようなプロジェクトスポンサーはプロジェクトの目的を上位組織が決めた予算や納期を守ることくらいしか考えない。このような考え方をするので、マネジメントではなく、管理が中心になる。そして、その管理はプロジェクトマネジャーに引き継がれ、プロジェクトマネジャーはひたすら、プロジェクトの作業管理をしているという光景をよく見かける。
VUCAでないプロジェクトであればこれで何とか回ったが、VUCAなプロジェクトはこのやり方では絶対に回らないし、それをよく分かっている人、実感している人が多い。このため、ひたすら不確実性や曖昧性を回避するために、創造的なことを受け入れない。つまり、使い慣れた技術、過去の経験のある仕様などに拘り、結果として、創造性のないプロジェクト成果物が生まれる。単に創造性がないだけならまだよいが、問題は変化した市場や顧客の期待に反していることが多いことだ。言い換えると、十分な成果が実現できない。
◆目的の扱い方
なぜ、このような状況に陥るのだろうか。問題はプロジェクトの目的の扱い方にある一言でいえば、プロジェクトでは何よりも目標や計画が大切で、目的は二の次であると考えているからだ。もう少し詳しくいえば、多くのプロジェクトでは
・目的は組織が決めている
・目的は見つけるものである
・目的は一つしかない
・目的は時間が経っても変わらない
といった認識がある。
このような認識をしていると目的は組織の暗黙の前提で考えられていることが多い。例えば、収益を挙げるという目的をすべてだと考えていたり、他社にできない製品を開発することだとか、社会や顧客に貢献するといった目的を暗黙の了解にしている企業もある。
そして、このような暗黙の目的を前提にして、目標設定を行い、計画を作っているのだ。その理由は、成果物を作り上げることが全てであり、期待している成果物が完成すれば、成果はほぼ実現できると考えているからだ。つまり、成果と成果物の間に目的は出て来ないのだ。
◆VUCAプロジェクトの目的
このような考え方はVUCAの時代には通用しない。
プロジェクト環境や市場の変化により、目標を変え、成果物を変えていく必要が生じる。言い換えると、そのプロジェクトで得たい成果を実現するためには、目標を変えざるを得ない。あるいは、目標を変えないと成果が小さくなる。
VUCAの時代を迎えて、後者は多くのプロジェクトで問題になっている。当初決めていた目標で成果物を完成させたが、終わってみればあまり成果は実現できていないというケースだ。例えば、収益を上げることを目的にしていたのに、変更に次ぐ変更で、結局、あまり利益が出なかったプロジェクトは多いし、当初の仕様を大きく変更することを避けて売れない製品を作ったプロジェクトは少なくない。
このような問題を避けるにはもっと目的に拘る必要がある。
目標ありきではなく、ある成果を得るという目的があり、その目的を実現するために目標を調整していくことをマネジメントの中核に据える。VUCAでないプロジェクトでは、目標を設定し、目標を達成するために計画を変更していくのがマネジメントの中心にすることが多いが、ここがVUCAなプロジェクトと、VUCAでないプロジェクトの違いである。
実際にプロジェクト憲章を作ると、目標はしっかりと考えているが、目的はおざなりに書いているケースはよくある。酷い場合には、目標を達成することが目的だとしている。このようなプロジェクトでは、レビューの際になぜそのプロジェクトをやるのかを深掘りして質問すると、最終的な答えがでてこないケースが少なくないのだ。
◆成果物から成果へ
以上のように、VUCA以前のプロジェクトの目的は組織としての暗黙の前提に基づくものであり、憲章に書いて目標はそれを明文化しているだけだという認識でもよかった。そうすると、成果物ありきで考えることができる。
このようなやり方はVUCAの時代には通用しない。VUCA時代のプロジェクトで実現すべきことは、最初に決めた成果物ではない。もちろん、プロジェクトである限り成果物は必要であるが、必要な成果物はどんどん変わっていく。どう変わるかというと、目的を実現するために変わるのだ。
このためにプロジェクトマネジメントには、最初に決めた成果物を実現することではなく、目的を実現することが求められるのだが、今、プロジェクトをはじめるに当たって設定している目的にはこのような役割を果たせないものが多い。
◆目的は見つけるものではなく、自ら創るものである
では、どのように目的の設定を変えるかという話にあるが、そのときにもっとも考えるべきことが目的は見つけるものではないということだ。すでに述べたように多くの人は目的は与えられるものだと考えているが、目的は与えられるものでも、見つけるものでもない。自分たちで創るものだ。
さらにいえば、目的を創ることは難しいと思われがちだが、その原因は目的は一つしなかいと思っていたり、普遍性のあるものだと思っていることだろう。つまり、目的は複数あってもよいし、プロジェクトの実施している中で時間が経てば変えても構わない。
このようにプロジェクトの目的は見つけるものではなく、プロジェクトの(主要)メンバーで自分たちで決めるものなのだ。そして、VUCAなプロジェクトにおいては、そこにプロジェクトマネジメントのもっとも重要な意味がある。
プロジェクトでステークホルダーが期待した成果を得るためには、目的に対する認識の転換と、目的を中心を中心にしたマネジメントが不可欠である。そのようなマネジメントの実現のためには、計画よりは、プロジェクトデザインに重心を置く必要がある。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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