◆「応援される人間」
ネットニュースを見ていたら「今の時代はスキルは5年で失われる」ということを書いた記事を目にして、確かにそうだなと思った。
「スキルを極めても、技術革新で必要なくなることもある。今の時代、スキルは5年で失われる」
この前提で、今後重要性が増すのが「応援される人間」になること、すなわち、「あの人と働きたい」「あの人が手掛けているサービスを使いたい」と思われるような存在になることが大切だとしている。
一つの例として、すし職人を上げている。
「高性能な寿司ロボットと、30年修行した寿司職人、どっちが握った寿司を食べたいか」と聞かれたら、ほとんどの人が後者を選ぶだろう。つまり、「寿司を握る」という機能は同じでも、修業を重ねた歩み、つまりは時間に意味を感じるからだ」という。
この議論自体は、ホリエモンが「寿司職人が何年も修行するのはバカ」という発言をしたのに対して、いろいろな人が反論した中によく出てきた主張で、どちらが正しいとも言えない議論だと思うが、今回考えてみたいのは、その前提になっているスキルが5年でなくなるとすれば、本当に「応援される人間」が有効なのかという問題だ。
◆VUCA時代のスキルマネジメント
もう少し問題を整理しておこう。
そもそもスキルが短命化していくという認識の背景にあるのは、スキルや技術のライフサイクルが短くなってきたこともあるが、より大きいのはVUCA時代になってきたことだろう。VUCAについてはこれまでに何度か触れてきたが、例えば
【PMスタイル考】第154話:VUCA化するビジネスやプロジェクトをマネジメントする
でVUCAとはどのようなものかを述べている。復習しておくと、VUCAは
「Volatility」(変動性:変化が激しく不安定)
「Uncertainty」(不確実性:問題や出来事の予測がつかない)
「Complexity」(複雑性:多数の原因や因子が絡み合っていること)
「Ambiguity」(曖昧性:出出来事の因果関係が不明瞭で前例もない)
の略語であり、このような時代の特性は
1.最適化の意味がなくなる
2.予測(計画)の価値がなくなる
3.経験自体の価値がなくなる
の3つであると考えている。
このような世界で企業は時々刻々と変化する経営環境に対応するために事業をどんどんと変革していかなくではならない。例えばGAFAの事業展開を見ているとよく分かる。中でも典型的なのはアマゾンであろう。20数年前に書籍の通販から始めた企業だが、もはや通販の企業ですらない。通販会社というフレームでアマゾンを見ても行っている事業の説明は難しい。日本の企業の経営層の人たちの中には、無節操だと批判する人もいるが、現実に恐ろしい勢いで成長を続けているし、それがVUCAな時代に対する戦略なのだ。グーグルやフェイスブックも戦略のこの部分は似ている。
◆VUCAの時代の個人の対応
このような時代に対応した経営をすると、企業はこれまでやっていた事業を中止する、売却する一方で、新規の事業を立ち上げるという連続になる。この中で、個人がうまく生き延びていくのはなかなか、難しい。そもそも経験が役に立たなくなるという3番目の特性も重荷になる。
日本ではキャリアというとどのような仕事をしてきたか、あるいは、どのような種類の仕事をしてきたかがイメージされることが多いが、このような考えは経験が役に立つという前提に立ったものであり、この前提が崩れるとどうすればよいのかという話になる。
PMスタイル考の156話で、VUCA時代の生き方に対するさまざまな提案を紹介し、それを統合する形でビジネスパースンンはどのような特性を身につけるべきかを議論してみた。
【PMスタイル考】第156話:VUCAの本質とリーダーシップl
今回の議論はその延長線上にあるものだ。その中で、経験を役に立てるにはどうすればよいかに的を絞って考えてみたい。
◆経験が役に立たないとはどういうことか
まず、VUCAの時代には経験が役に立たないというのはどういう意味だろうか。ここがスタートになる。
これはVUCAの時代には、文字通り同じ仕事や同じ種類の仕事に遭遇することは珍しいということで、「前にやったことがあるからできます」とは言えなくなろという意味だ。
特にエンジニアのような専門職の場合、昔は一つの専門性で一生食えていたが、働く期間が延び、専門性もどんどん進化していく中で、このスタイルは通用しなくなっている。今のところ通用しているとしても、今後10年くらいの間に間違いなくAIに置き換わっていくだろう。
では、本質的に経験が役に立たないかというとそんなことは決してない。経験したことから何を学ぶかが問題である。おれまでは経験した業務の進め方やノウハウを覚えておけば、役に立っていたが、こういう学習ではVUCAな世界では難しい。
◆目的と手段を混同しない
しかし、経験したことを抽象化し、それを新しい課題に対して具体化できればよい。それだけの話である。これをやるためには、目的と手段を混同しないことが何よりも大切である。
これまでの経験有用説は実は手段を経験することを重視していた。しかし、手段は習熟しても意味がなくなるし、いずれAIに代替される。問題は経験した業務での手段の背景にある目的との関係性、あるいは、その業務の目的との関係性をどれだけ学ぶことができるかだ。
◆プログラミングの仕事で学ぶとは(例)
一つ例を上げて考えてみよう。
情報処理の技術にプログラミング技術がある。プログラミングの仕事をすれば使った言語については覚えるだろう。これを技術だと考えている人が多い。ところが、次に別のプログラミング言語を使って仕事をしなくてはならなくなったときに、うまく対応できる人とできない人がいる。両者の違いは、プログラミングという技術への認識と理解の度合いである。
つまり、プログラミング言語の書き方しか習得できなかった人は新しい言語をまた一から覚えなくてはならない。しかし、ある言語を使って、プログラミングというのはどういうことかを概念的なレベルで学習できた人は類推し、新しい言語にもすぐに慣れて、経験した言語と同様に使えるようになるだろう。これが技術である。
◆経験から学ぶとは概念レベルで技術を習得すること
この場合、経験から学ぶというのは技術を習得することだ。技術とは
科学の原理を(産業や医療・事務などの活動に)役立てて、ものを生産したり組織したりするしかた・わざ。
であるが、どの概念レベルで技術を身につけるかが問題なのだ。PMstyleでは、これをコンセプチュアルな学習と呼んでいる。
ちなみに、プログラミングに関しては、プログラミング言語はあくまでの手段であるので、いずれAIに置き換わる。そうすると、プログラムの仕事をすることによってシステムのデザインをする方法を学ばなくては生き延びることができないだろう。この議論はまた別途したい。
もう一つ余談をしておく。実は、PMstyleはプロジェクトマネジメントの振返りの中にこの視点を入れている。つまり、このプロジェクトでやってきた経験を整理するだけではなく、それはどういうことだったのかまで抽象化して分析するのを振返りだとしている。これはプロジェクトは新規性のあるものであり、同じプロジェクトには二度と遭遇しないという前提を置いているからだ。こうすることによって、まったく異なるプロジェクトにも役立つ経験に変わっていく。
◆スキルは5年で失われる問題への対応
話がだいぶ逸れたが、5年でスキルが失われるという意味は2つある。
一つはすっと同じ企業ではそのスキルは求められなくなるという意味。それからもう一つは手段としてのスキルがどんどん変わっていってしまうことだ。上で例に上げたプログラミング言語ではこの両方のケースの例になっている。どんどん新しい言語が出てきており、新しい言語を求められる一方で、50年前の技術を使い続けているシステムもあり、古い技術を使える人材を探しているという光景をよく目にする。
そう考えると、その対応として
「あの人と働きたい」「あの人が手掛けているサービスを使いたい」と思われるような存在になる
方法が問題である。誠実に対応してくれるといった人間的な側面だけではそうはなれない。
コンセプチュアルな学習ができるスキルが必須である。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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