◆パーパスとは
ダイヤモンドハーバードビジネスレビューの2019年3月号で「パーパス」が特集として取り上げられた。最近、経営戦略やブランディングの中で注目されることはあるにしても、かなり唐突感があった。
「DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2019年 3 月号
(PURPOSE(パーパス)会社は何のために存在するのか/あなたはなぜそこで働くのか)」
パーパスは、企業のビジョンやミッションを定義するための根幹となる概念である。欧米の先進企業では、パーパスを明確に打ち出し、それを軸にしてコンセプト、戦略、社員の行動様式まですべてを統一するようになってきた。これは、「パーパス・ブランディング」と呼ばれるアプローチで、DHBRの特集でもBIOTOPE代表の佐宗邦威さんの
「パーパス・ブランディングを実践するために組織の存在意義をデザインする」
というタイトルの記事が掲載されており、分かりやすく実践法を解説している。この記事の中でもいくつかの企業のパーパスが紹介されている。例えば、テラス社の
「持続可能なエネルギーへのシフトを世界中で加速させる」
やメルカリの
「新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る」
といったものがパーパスの例として挙げられている。世界でいち早くパーパスを定めたとされるのはP&Gで、
「自社製品に最高のクオリティーと価値を与え、世界中の顧客のニーズを満たす」
といったものだ。
◆ミッションとパーパスの違い
パーパスの定義や例を見ていると、従来のビジョンやミッション、あるいは戦略とどう異なるのかという疑問を持つ人も少なくないと思う。これらの概念はある程度、体系的に整理されてきたが、パーパスについてはまだそのような段階にない。従って、これらの概念との関係が混沌としているのが実情だ。特に、ミッションとパーパスはどう違うかは微妙だが、以下のような指摘がある。
佐宗邦威さんは上記の記事の中で、ミッションを理想と現状のギャップをつなげるベクトルだとした上で、そのベクトルには「自分たちは社会に何を働きかけたいのか」という外側に置かれたゴールに重心が置かれたもの(パーパス型)と、「自分たちが社会の中でどうありたいのか」という内側のゴールに重心を置かれたもの(アイデンティティ型)があり、前者のミッションがパーパスだと主張している。
また、Ideal Leaders株式会社の丹羽真理さんは、著書「パーパス・マネジメント」(クロスメディア・パブリッシング、2018)の中で、ミッションは「自分たちは何者でありたいか」を表現するものだとした上で、「自分たちは何のために存在しているのか(存在意義)」を表すパーパスとほとんど同じだと指摘している。ただし、ミッションという言葉には「与えられた」というニュアンスが含まれているが、パーパスは自分事として捉える点が異なるとしている。その例として、「業界でNo.1企業になる」「XX億円企業になる」というミッションはパーパスではないとしている。
「パーパス・マネジメント――社員の幸せを大切にする経営」
ここでは、ミッションやビジョンとの違いについてはそのうち、整理されていくと思われるので拘らないことにする。合い重なる部分はあるかもしれないが、パーパスは新しい概念として議論していきたい。
◆パーパスは組織から個人までに統一的に捉える
パーパスの面白さは、これまでのビジョンやミッション、戦略などの方法と異なり、組織から個人まで統一的に捉えようとしていることだ。
たとえば、ビジョンを示している企業は多いが、組織全体にはなかなか浸透していない。その理由は経営としてビジョンを掲げて事業部などの上位組織ではそれなりに意識した戦略に落とし込んでいるものの、課などの業務組織やプロジェクトにおいては他人事になっていることが多い。ましてや、個人に至っては全くの他人事、つまり、意思決定の中にビジョンが入ってくることはまずない。
これを統制の問題だと捉えるには20世紀的な発想であり、米国で言われる「ミレニアル世代」(2000年代に成人あるいは社会人になる世代)の人たちの価値観には合わないとされる。ミレニアル世代を活かすには、個人のパーパスが重要で、個人のパーパスとのマッチする組織のパーパスを打ち出していることが不可欠だ。
その意味で、組織のパーパスを定めるには、自分事になることが重要なのだ。言い換えると、世の中の価値観にマッチしたパーパスを定める必要がある。この議論は深い議論で、この議論の中に市場に対する感性のようなものも包含されており、それがビジネスの成功につながっていくと思われる。
◆パーパスの統合
さて、このようにパーパスという概念では、前提として、経営のパーパスがあり、組織のパーパスがあり、チームやプロジェクトにもパーパスがあり、個人のパーパスがある。そして、それらを統合するためにはどうすればよいかということが意思決定の前提になる。
まず、個人のパーパスと組織のパーパスの関係であるが、これは個人が組織のパーパスに共感できるか、すなわち、組織と個人のパーパスが整合するかによって相互に選ぶことがすべてだといってよいだろう。
次に、チームのパーパスを定めるに当たっては組織のパーパスや個人のパーパスとの統合を行う必要がある。簡単にいえば、組織のパーパスや個人のパーパスを実現することができるパーパスを定めることが不可欠である。
これが最も日常的に行われるのはプロジェクトマネジメントである。プロジェクトマネジメントでは、プロジェクトの目的を決めた上で、プロジェクトの計画を作っていく。その意味で、パーパスによるマネジメントがもっとも行われている分野だ。
◆プロジェクトマネジメントにおける目的
少し話が逸れるが、なぜ、プロジェクトマネジメントでは目的にこだわるかを考えておきたい。それは、プロジェクトとは本来VUCA(「Volatility」:変動性、「Uncertainty」不確実性、「Complexity」:複雑性、「Ambiguity」:曖昧性)な世界で行うものだからだ。つまり、計画を作ってもそれでうまく成果が出せるとは限らない。
通常の世界であれば、計画がうまく機能しないことはリスクとして管理され、対応していくが、VUCAな世界ではリスクとしては管理できない。その場合、目的に立ち返り、プロジェクトを進めていくようなアプローチが必要になる。言い換えると、VUCAな世界では、目的が唯一の目印になる。丹羽さんがパーパスを北極星だと比喩しているが、VUCAな世界のプロジェクトでは、まさに目的が北極星なのだ。
ところが現実を見ると、あまり真剣にプロジェクトの目的が考えられていないケースが圧倒的に多い。これは、20世紀にはプロジェクトの大半がリスクでコントロールできるものだったからだろう。
例えば、製品開発であれば、当初企画した製品をコストオーバーや納期遅れなどはあっても完成させればことが済んでいた。ITシステムにしても同じだ。ところが、これらがVUCAな世界ではことが済まなくなってきた。当初企画した製品とは全く違うものを開発する、違うシステムを開発しなくてはプロジェクトを実施している目的が果たせないことが多くなってきた。
◆WHATではなく、WHYが重要
このような状況においては重要なのは、従来目的にしていたWHAT、つまり何を作るかではない。WHY、つまり、なぜ作るのかである。これを目的にしなくてはならない。これがほとんどできていないのだ。今、経営で言われているパーパスマネジメントができていない。
もちろん、プロジェクトの役割は何かということを考えたときに、与えられた目標をクリアする活動をすることだという考え方はある。しかし、VUCAの時代には時代遅れであり、VUCAの世界のプロジェクトを成功させることはできないだろう。
◆個人のパーパスの統合がプロジェクトの生産性を向上させる
さて、このようにVUCAの時代に、組織のパーパスを重視した経営に対応したプロジェクトを行うには、プロジェクト目的もパーパスとして考えていく必要があるのだが、実際には難しい。その一因になるのが、メンバー個人のパーパスを統合することだ。プロジェクトマネジャーの中には、プロジェクトの目的=個人の目的だと考えるいる人も少なくない。あるいは、プロジェクトからさらにチームに細分化し、チームの目的は決めるが個人の目的までは考えていないケースが多い。
要するに、個人にプロジェクトやチームの目的に共感することを求めている。共感できればいいが、できないケースの方が圧倒的に多く、これはパーパスという概念がきちんと実現されていないことを意味する。
これがプロジェクトのパーパスマネジメントの実態だと思われるが、特にVUCAのプロジェクトにおいてまずい点は、個人のパーパスが実現されないことだ。これは、創造性を発揮できないことに直結する。
特に、これから中心のなるミレニアル世代においては絶望的な状況を生み出すだろう
彼らは、パフォーマンス(生産性)において、分母(コスト)を小さくすることを考えず、分子(価値)を大きくすることを考えることができる世代だからだ。
パーパスマネジメントの目的は、分子を大きくして、パフォーマンスを向上することであるといってもよい。うろジェクトにおいても、組織、チーム、個人のパーパスを統合してプロジェクト目的を定める。そしてプロジェクトの生産性を状況させる。こういうマネジメントアプローチが必要だ。
◆パーパスを重視したプロジェクトマネジメントのアプローチ
では、そのアプローチとはどのようなものだろう。ここでは、キーワードだけ示しておく。
・プロジェクトマネジャーがパ=パス主導のリーダーになる
・組織のパーパスからプロジェクトのパーパスを見つけ出す
・メンバーをパーパスに結びつける
・メンバーの学びを奨励する
・PMOがポジティブ・エネジャイザーになる
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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