◆プロジェクトマネジメントは制約の中で成果を最大化する
今回は、5番目のポイントである
(5)トラブル発生時の厳しい制約の中で、創造性に富んだリカバリーのアイデアを出す
について考えてみる。
本誌の有料版のPM養成マガジンプロフェッショナルで、2005年の秋からPMサプリというシリーズをはじめて、もう10年になる。このシリーズはPM力強化につながる読むサプリをコンセプトにこれまでに400話強を書いてきたが、その中で出てくる単語ベスト5の中に、プロジェクトとか、マネジメントとかと並んで出てくるのが「制約」という言葉である。
プロジェクトマネジメントのトライアングルが示すように、プロジェクトマネジメントはプロジェクトの制約を守りながらプロジェクトの成果を最大化するための活動である。
◆制約と計画
初期の計画においては、制約と目標を整合させ、目標を達成するための計画を作るので制約が問題になることはあまりない。
しかし、計画が変わっていく中で、制約の中に目標が入らなくなることがある。いわゆるトラブルである。たとえば、スコープが変わってしまい、残された期間と予算の範囲では実現が難しいといったケースだ。
もちろん、より大局的な判断として納期を延ばすとか、予算を増やすといった制約を緩めるケースもあるが、競争やROI、収益に大きな影響を与えるため難しいケースが少なくない。
◆制約の範囲に収める工夫
このような場合、制約の範囲で収めなくてはならないことが多いが、そのままでは当然できず、何らかの工夫が必要になる。現実問題として工夫はスコープを変更することに向けられることが多いが、これに関してはコロンビア大学のジェイコブ・ゴールデンバーグ教授らが提唱する制約の中から答えを見つける方法論に「インサイドボックス」というのがある。この手法ではテクニックとして
(1)引き算
製品やサービスに欠かせないとみなされていた要素を取り除く
(2)分割
既存の構成要素を分割し、一部を分離して用いる
(3)掛け算
製品やサービスの一部の要素をコピーして増量し、その際にそれまで無意味だと思わ
れていたような変更を加える
(4)一石二鳥
製品やサービスの一つの要素に、複数の機能を持たせる
(5)関数
それまで無関係だと思われていた複数の機能を連動させる
の5つを紹介している。
インサイドボックスはもともと制約下におけるイノベーションの方法論の一つとしてまとめられたものであり、プロジェクトのトラブルのような事態でそのまま使えるものではないが、スコープを削って、目的を達成することもできる。たとえば、引き算で有名なのはウォークマンである。ウォークマンは飛行機の中で楽しめるポータブルオーディオという目的に対して、スピーカと録音機能という2つのスコープを除いて実現した。
◆制約に収めるポイントは目的
これから分かるように制約をクリアするポイントになるのは目的である。プロジェクトでも同じで、上に述べたようにプロジェクトマネジャーは制約と目標を整合させたがるが、コンセプチュアルなプロジェクトマネジメントでは、制約と目的を整合するように考えた方がよい。
改めて説明するまでもないかもしれないが、目的はなぜそのプロジェクトを行うかであり、プロジェクトによって何がどう変わるかを明確にしたものである。目標は目的を実現するには何が達成できればよいかである。つまり、目標は目的を具体化したものではなくてはならない。
重要なことは目的や目標をやることと混同しないことである。これではプロジェクト
をやる意味がないといっても過言ではない。よく引き合いに出す例だが、
製品を作る
というのは目的にはならない。問題は製品を作って何をするかであり、
自社製品のシェアを5%上げる
ということを目的とする。そして、それをどう実現するかが目標であるので、たとえ
ば、
20代女性への売上げを10%増やす
30代男性への売上げを20%増やす
といった目標を設定する。これが実現できれば、目的が実現できるものだ。
◆レジリエンス
もう一つのキーワードは、レジリエンスである。プロジェクトがトラブルに陥ったときにプロジェクトマネジャーが考えることはもとに戻すことである。スケジュールが遅れればタイムベースラインに戻すこと、予算がオーバーすればコストベースラインに戻すことだ。
しかし、実際にはベースラインから大きく外れたプロジェクトを元に戻すのは難しい。そこで重要なことが、転んでもただでは起きない姿勢である。つまり、元に戻すことを目指すのはなく、元よりよくすることを目指すのだ。スケジュール遅れであれば前倒しにすることを目指す。
これがレジリエンスという考え方である。このためには、問題が起こったときに対応策として根本的な対応策を探す必要がある。たとえば、スケジュール遅れであればスコープで調整するのではなく、生産性を上げる方法を考える。
◆創造性への自信が鍵になる
上の制約の中での問題解決にしろ、レジリエンスにしろ、鍵を握るのは創造性である。日本人は創造的であるという評価は定着しつつあるし、iPS細胞のように基礎研究は活躍も目立つ。しかし、この10年くらいをみても、ビジネスの場面では創造的なアウトプットというのは少ない。ウォークマンのように全世界に影響を与えた製品やサービスというのは見当たらない。
この問題について、創造性が発揮できていないという評価も固まりつつある。世界一のデザインコンサルティングファームの創設者として有名なトム・ケリーが最近「創造性に関する自信(クリエイティブ・コンフィデンス)」という概念を提唱し、創造性を発揮するには、クリエイティブ・コンフィデンスが必要だと言っている。日本人に欠けているのはまさに、自信だと思う。
たとえば、ちょっと難しい制約があれば、制約を解消する方向に向かおうとする。問題が起これば、それまでの倍働いて辻褄を合せようとする。これはすべて創造性に自信がない故であろう。
この何年か、根拠のない自信に対する批判をよく耳にするが、もっとよくないのは、できるかもしれないことを創造性に対する自信のなさで諦めてしまうことだ。プロジェクトマネジメントをコンセプチュアルにするには、まず、ここから変えていく必要がある。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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