◆心理的安全性とは
先日、メルマガ「コンセプチュアル・マネジメント」に「心理的安全性」の議論を書いたところ、プロジェクトに心理的安全性は必要ないのではという意見を頂いた。今回は、PMスタイル考でこの問題を考えてみたい。
心理的安全性とは、一言でいえば
「みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化」
のことで、なかなか深い話だ。
ちなみに、「コンセプチュアル・マネジメント」に書いたのは、この記事だ。心理的安全性という考え方がぼんやりしている方は、まず、こちらの記事をお読み頂ければと思う。
【コンセプチュアル講座コラム】心理的安全性を高める
◆プロジェクトの心理的安全性の議論の際に念頭においておきたいこと
プロジェクトにおける心理的安全性の議論をする際に念頭においておきたいことが2つある。一つは心理的安全性が存在するレベル(範囲)だ。
心理的安全性というと、組織全体の話のように感じるかもしれない。もちろん、組織のレベルでも心理的安全性という議論はあるし、組織論の中で古くから議論されてきた心理的安全性は、組織全体の話だった。
しかし、近年の研究で心理的安全性は組織レベルだけの話ではなく、グループレベルでも存在することが明らかにされた。詳細な内容は、上の記事でハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授の研究の結果を紹介しているので、読んでみて頂きたい。また、時間に余裕がある人は、この記事の末尾に参考図書リストを掲載している。この中で数々のグループレベルの心理的安全性について事例を示している「恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」をお読み頂くとよりイメージが明確になると思う。
そして、グループレベルで心理的安全性は存在するということは、プロジェクトレベルでも存在するということに他ならないということに留意しておいて欲しい。
もう一点は、プロジェクトの心理的安全性が必要かどうかという議論のポイントでもあるが、目標設定と心理的安全性にはどういう関係があるかという点だ。
心理的安全性を表面的に捉えると「気楽に仕事できること」だと考えらえるので、心理的安全性を高めるということは目標設定の基準を下げるものだと考える人もいるだろう。実際に、企業のプロジェクトスポンサーたちと心理的安全性の話をしていると、そういう感覚の人が多いのも事実だ。
しかし、これについてもいくつかの研究で、少なくともグループレベルでは目標達成の基準を下げるものではないということが分かってきた。さらにいえば、心理的安全性は、挑戦的な目標を設定し、その目標に向かって協働するのに有効なものだと主張する人もいる。この点から考えると、心理的安全性はプロジェクトマネジメントとしての有用なものだと考えられる。
◆2つのモチベーションの与え方について
これらの研究結果を紹介して、プロジェクトで心理的安全性が必要かどうかという議論をすると、必ず出てくる意見が、
「プロジェクトは挑戦的なものばかりではなく、堅実性の求められるものも多い」
というものだ。
PMBOK(R)のプロジェクトの定義は、新規性と有期性のある仕事なので、堅実性の求められるプロジェクトというのはふさわしくないような気もするが、現実に企業でプロジェクトとして行われている仕事の中に堅実性が求められるものが多いのも事実だ。そこでここではこの言い分は受け入れ、プロジェクトには堅実さを求められるものもあれば、挑戦を求められるものもあるという前提で議論を進めていくことにしよう。
プロジェクトに心理的安全性が有用かどうかを考えるヒントは、モチベーションの与え方にある。心理的な側面に注目して考えると、モチベーションの与え方には2種類ある。
一つは「頑張らないと失敗するかもしれない」、「失敗しなら大変なことになる」といった「不安」を与えることによってモチベーションを高める方法。もう一つは「失敗しても大丈夫だ」といった「安心感」を与える方法だ。
一般的にいえば、組み立てラインの仕事のように反復作業を個人レベルで正確に行うことが評価される仕事では、不安を与えることはモチベーションをあげるために効果的だと考えられている。実際に、この方法は戦後の日本企業では多くのの企業で取られていた方法で、今でも顕在である。
これに対して、新製品開発のようなイノベーティブな仕事では、不安はモチベーションの要因にならない。これらの仕事は、学習したり、相互に協力しない限り、成功しないからだ。
◆プロジェクトのモチベーションの与え方
ではプロジェクトはどちらの性格の仕事なのだろうか。
上での述べたようにプロジェクトには何らかの新規性がある。プロジェクトの新規性には、新しい機能の製品を作るとか、新しい技術を使うとかいったものばかりではなく、これまでより少ないコストで開発するとか、これまでより短い期間で開発するといったものが多いのが現実だ。
このためには作業のやり方を新しくするとか、プロセスを工夫するといった新規性が求められる。さらに、ここに市場や顧客をはじめとするステークホルダーの要求に応えるという要素が入ってくると、新規性がより大きなものになる。
この点においては、プロジェクトは同じ環境で、同じものを、同じ方法で繰り返し作ればよいという仕事ではない。新しい機能の製品を作ったり、新しい技術を使ったりする以外でも、新しいやり方が必ず含まれる。
そのように考えると、プロジェクトという仕事では、不安を与えるやり方ではメンバーのモチベーションを高められないとできないことは明らかだ。現実に、不安を与えることによって、メンバーがすっかりやる気を失っているプロジェクトはよく見かける。
◆できることしかやらないプロジェクト
もう一つ、よくある意見に
「プロジェクトマネジメントとして、メンバーに不安を与えることによって奮起を促すようにしている。プロジェクトマネジメントの導入により計画を明確にすること、リスクを正しく認識することにより、大きく成功率が上がってきた」
というものがある。もっともな話なのだが、少し、ひっかる点がある。
ここで注目したいのは、リスクマネジメントを行う理由だ。プロジェクトマネジメントを導入する以前からリスク管理をしていた企業が少なくない。ただし、リスク管理の目的は、リスクのない計画を作るためだった。
ここに、WBSを基本とする精密な計画を作るプロジェクトマネジメントを導入した。その結果、よりリスクを考えた作業の計画を作り、進捗を細かく管理するようになり、作業の正確性が上がり、成功率が向上した。
が、そのまま残ったものがある。それはリスク管理の問題だ。つまり、プロジェクトマネジメント以前のリスク管理はリスクのない計画を作るために行っていた。プロジェクトマネジメントを導入したのは、プロジェクトコストを下げ、納期を短縮するためである。リスクマネジメントは、目標を厳しくした結果出てくるリスクをマネジメントするためである。
にもかかわらず、ここで決定的な勘違いをしていうプロジェクトや組織が多い。それは、リスクマネジメントはリスクを回避するためのものであるという勘違いだ。この勘違いをすると、できる計画しか作らなくなる。
もう少し正確にいえば、ここにいくばくかのマネジメントをしないリスクを乗せて、プロジェクトの計画を作る。そして、そのリスクは、マネジメントするのではなく、不安を与えることによって、クリアしようとする。
しかし、このやり方は逆機能を起こしている。不安を与えらられるので、不安を回避するような計画になってきた。例えば、競合に負けないように1年以内で開発して欲しいという経営方針があっても、(従来通りのやり方で)どう積み上げても1年以内には収まらないという計画が出てくるようになった。その前提で議論をし、1年で収まる成果物を作るようなプロジェクトが主流になってきた。
このように、不安を与えられることによって、1年以内で収めるような新しいやり方で行うというリスクも、1年以上かかっても競合とは比べ物にならないような製品を作ることもだんだんできなくなってきたのだ。
そして、不安に基づくリスクマネジメントの結果が新しいものへの挑戦しないという文化になってきた。この文化により流石に大きな軸になる製品がなくなり、問題になっていた。そして、この5年くらい払拭されているように感じる人もいるかもしれないが、ニッチを指向しているのが気にかかる。この話は別途したい。
◆プロジェクトマネジャーに求められる心理的安全性の実現
以上の2つの現実があり、不安を与えてもモチベーションは高まらず、リスクも取れない現実に直面している
何らかの新規性のあるプロジェクトにおいてはメンバー個々の仕事の正確性はどうでもよい。重要なことは、いろいろと試行錯誤してみて、学習し、最終的に、製品ではなく商品を創り上げることが重要だ。
プロジェクトのマネジャーに求められるのは、プロジェクトを心理的安全な場にすることであり、それがリーダーの最大の役割だ。心理的安全性があってはじめて、本当の試行錯誤ができ、より質の高い成果が生み出すことができる。
◆VUCAなプロジェクトでは不可欠になる心理的安全性
さらに、最近の傾向として、プロジェクトがVUCAになっているという問題がある。VUCAなプロジェクトでは、求める成果は決められているが、その成果を実現する成果物は不確実なもので、変動していく。
にも関らず、組織はプロジェクトに不安を与えることによって奮起を促し、また、プロジェクトマネジャーもそれを受けてメンバーに不安を与えることによって動機付けしようとするというやり方が続いている。
VUCAなプロジェクトにおいては、これは完全に逆効果だ。モチベーションの向上につながらないどころか、若年層のメンバーが多いプロジェクトではモチベーションがそがれてしまうという事態が起こっている。
いずれにしても、VUCA時代のプロジェクトを、どのような切り口の不安であれ、不安を与えてメンバーのモチベーションを高め、パフォーマンスを向上させることは不可能だ。であれば、動機付けとしてできることは限られている。心理的な安全性を高め、方向性が変わっても安心して方向転換できるような環境をつくることだ。
VUCAなプロジェクトにおいては、プロジェクトマネジャーがメンバーの行動を指示することは不可能だ。つまり、場面場面でどのような行動をとっていくかは、計画ではなく、最前線オンメンバーの判断に任せざるを得ない。すると、メンバーの意思決定において、心理的に不安定な状況にある場合と、心理的に安定な状況にある場合では、決定の質が変わってくることは容易に想像できるだろう。
◆まとめ
以上のように考えてみると、プロジェクトにおいては、成果物の革新性に関らず、心理的安全性を実現していくことが有効なプロジェクトマネジメントの役割だといえる。特に、VUCAなプロジェクトにおいては、もっとも重要なプロジェクトマネジャーの役割であると考えらえる。
◆心理的安全性について書かれた本
ピョートル・フェリクス・グジバチ
「世界最高のチーム グーグル流「最少の人数」で「最大の成果」を生み出す方法」、朝日新聞出版(2018)
レイ・ダリオ(斎藤 聖美訳)「PRINCIPLES(プリンシプルズ) 人生と仕事の原則」、日本経済新聞出版(2019)
岸野道子「心理的安全なチームって、どうやってつくるの?」(2019)
石井 遼介「心理的安全性のつくりかた」、日本能率協会マネジメントセンター(2020)
エイミー・C・エドモンドソン(村瀬俊朗解説、野津智子訳)
「恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」、英治出版(2021)
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1.VUCA時代に必要なコンセプチュアルなプロジェクトマネジメント
2.プロジェクトへの要求の本質を反映したコンセプトを創る
3.コンセプトを実現する目的と目標の決定
4.本質的な目標を優先する計画
5.プロジェクトマネジメント計画を活用した柔軟なプロジェクト運営
6.トラブルの本質を見極め、対応する
7.経験を活かしてプロジェクトを成功させる
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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