◆プロジェクト区分
これまでいろいろと試行錯誤してきた問題に、プロジェクトの性格づけがある。プロジェクトの性格の区分は、区分によってプロジェクトマネジメントの考え方や手法が変わってくるので、プロジェクトマネジメントの前提であり、ポイントだともいえるが、VUCA時代に適した区分はなかなか悩ましい問題である。
例えば、2011年に上梓した著書
「プロジェクトマネジメントの基本」(日本実業出版社)
では
・業務革新プロジェクト
・機能別革新プロジェクト
・経営企画プロジェクト
と区分しているし、また、メルマガ等でよく使っているのは
・イノベーションプロジェクト
・改善プロジェクト
という区分である。VUCA時代を迎えて、これ以外にも何種類か区分の方法を試みているが、一長一短でこれというのがなかったのだが、最近、若宮和男さんが書かれた
「ハウ・トゥ アート・シンキング 閉塞感を打ち破る自分起点の思考法」(実業之日本社、2019)
を読んでいて、ひょっとするとプロジェクト区分の決定版になるのではと思ったのが、
・工場
・アート
という区分だ。この本ではプロジェクトについてこのような区分をしているわけではなく、もう少し大きく、パラダイムとしてこのような区分ができると主張している。これは、
「工場パラダイムは「おなじ」が価値になり、アートパラダイムは「ちがい」が価値になる」
という考え方だ。
◆工場パラダイムとアートパラダイム
もう少し、詳しく説明すると、工場パラダイムでは「たくさんおなじ製品をつくれるのがよい工場であり、一方でちがいが生まれるとそれは不良品とされ、欠陥として扱われる。これに対して、アートにおいては「他の作品が暗黙のうちに従っている常識を疑い、他の作品とはまったくちがう作品のあり方」を求める。アートの価値はこのちがいにあるという。そして、「おなじは悪」であると考える。
これからの時代は他にはないちがいがつくれなければならないと主張している。
この主張の例として興味深いエクスサイズが示されているので、紹介しておこう。簡単なエクスサイズで、確認はせずに記憶だけで以下の質問に答えてくれというものだ。
Q1:いまあなたが使っているスマートフォンはなんですか。
またそのメーカー名は?
Q2:いまあなたの部屋で使っている箱ティッシュはなんですか。
またそのメーカー名は?
著者はティッシュペーパーは決めているので両方とも答えられたが、Q1に答えられる人がQ2に答えられる人よりは多いだろう。ニーズという観点で考えるとどちらも変わらないか、ひょっとするとティッシュの方が上かもしれないが、こういう差が出てくる。
その源泉が「ちがい」だというのがこのパラダイムに秘められた意味である。若宮さんは、この背景には「他のもので替えが効かないかどうか」(代替不可能性)であると言っている。確かにどの通りだ。
◆工場型プロジェクトとアート型プロジェクト
このようなパラダイムでプロジェクトを分けるとどうなるのだろうか。大雑把にいえば、従来のプロジェクトの進め方やスペックとできるだけおなじにすることで価値を生み出そうとするのが工場パラダイムのプロジェクト(工場型プロジェクト)であり、ちがいによって価値を生み出そうというのがアートパラダイムのプロジェクト(アート型プロジェクト)である。
異なる見方をすれば、設定した目標どおりにすることによって成果物を作り出すのが工場型プロジェクトであり、目的を実現するために設定した目標を積極的に変える(ちがいをつくる)ことによって成果を生み出すのがアート型プロジェクトである。
◆VUCA時代のプロジェクトの在り方
もう少し、細かく見ていこう。
現実に、プロジェクトマネジメントで求めているものは工場型プロジェクトであることが多い。つまり、
初期に決められた目標どおりに成果物をつくるのが成功プロジェクトであり、つくらないのは失敗プロジェクトである
と考えている。もちろん、このような性質のプロジェクトもある。しかし、プロジェクトの立上げ、あるいは初期計画の段階で決めたスペック通りの成果物をつくりあげても、考えていたものと異なるという指摘をされ、評価されないケースが増えてきている。
このような問題が起きている背景には、ビジネスのVUCA(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧))がある。プロジェクトの成果物を使うビジネスの変動性が高くなってきて、プロジェクトで目標を明確にし、短期間で開発しても、完成したときにはニーズに合わない製品になっていたり、使えない道具になっていたりするのだ。
このような時代には、プロジェクトの成果物と成果の関係をよく考える必要がある。成果物はプロジェクトの目標になるものだが、その背景には成果になる目的がある。つまり、成果を上げるためには、初期に決めた成果物という目標を達成することではなく、目的を実現するためにどんどん目標を変えていくことが不可欠になる。
◆目標と目的の関係
このようなプロジェクトでポイントになるのは、ちがいである。一般に目標設定するときには、何か新しい要素があってもできるだけこれまでの実績のあるやり方やスペックを踏襲したいという考えがある。言い換えると、他のプロジェクトと同じようにプロジェクトを進めていきたいという考えがある。
ここで重要なポイントは、プロジェクトとは目標を達成するために行っているわけではなく、目的を実現するために行っているということだ。
この問題は、プロジェクトマネジメントによって解消されている。つまり、プロジェクトマネジメントによって目的を実現するためにもっとも効果的なプロジェクト目標を設定し、その目標を達成するためにプロジェクトをマネジメントすることになっている。もちろん、その目標が達成できれば目的が100%実現できることは少なく、目標は考えられる範囲で目的への貢献が最大になると主要ステークホルダーの間で合意したものである。
これはプロジェクトの成果で考えると、プロジェクトマネジメントはプロジェクトの成果を最大にできるとステークホルダーとの間で合意した成果物であるといえる。この議論は、別の記事を読んで欲しい。
【PMスタイル考】第158話:プロジェクトの成果と成果物
◆アート型プロジェクトの目標はゼロベースで考えた方がよい
このように捉えたときに、目的をできるだけ実現するためには、目標設定をゼロベースで考えた方がよい。従来のやり方でどれだけ新規性に対応できるかと考えるのではなく、目的実現により大きく貢献をするためには、どこに新規性を持たせるかも含めて、ゼロベースで考える。従来のやり方と変えることによって、より大きな目的実現を目指す。言い換えると、従来の目標設定と異なる目標を設定することにより、目的の実現に貢献する。
ところが現実によく行われているのは、新規性に対して、初期にステークホルダーとの間で従来の目標設定を参考にして、目標設定に合意したら、目的は脇に置き、目標達成に全力を尽くすという進め方をしているプロジェクトが多いのだ。
これでは、プロジェクトの環境が変わったときに、目的の実現に貢献の少ない成果物しかできない。実際に上に述べたように、目標を達成したのに目的が実現できていないと評価されるプロジェクトが増えている。
このように、アート型プロジェクトは、目標をどんどん変えながら、目的を実現していかなくてはならないプロジェクトである。つまり、
他のプロジェクトが暗黙のうちに従っている常識を疑い、他のプロジェクトとはまったくちがうプロジェクトのあり方を求める
のがプロジェクトマネジメントの基本になるのだ。
◆アジャイルプロジェクトマネジメントもアートで!
最後に少し、視点を変えて、アジャイルプロジェクトマネジメントについて考えておきたい。アジャイルプロジェクトマネジメントは本来、アート型プロジェクトのマネジメントの方法である。つまり、成果物の仕様をどんどん変えながら、プロジェクトの目的を実現し、プロジェクトの成果を上げるのがアジャイルである。
しかし、現実にはそうなっていないことが少なくない。ジグゾーパズルのようにあらかじめつくりたいものがあり、それを試行錯誤するためにアジャイルの仕組みを使っているケースが多いのだ。
上のパラダイムでいうと、工場パラダイムのプロジェクトマネジメントになっているケースが多い。これでは、VUCAの時代に対応できない。
VUCA時代に対応するには、マネジメント手法に関係なく、プロジェクトをアート型だと認識し、アートパラダイムのプロジェクトマネジメントを行っていくことが不可欠である。
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好川哲人、MBA、技術士
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15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
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