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第141話:目的のイノベーションと手段のイノベーション(2018/12/10)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆はじめに

あらゆる分野でイノベーションは求められる、空前のイノベーション時代だと言われるが、イノベーションとは何か、イノベーションと改善はどう違うのか、などという疑問や議論ががいまだに残っている。

この議論はイノベーションというものの根幹にかかわる議論である。今回のPMスタイル考はこの議論をしてみたい。


◆なぜ、高級キャンドルは売れるのか

2〜30年前、電力の配給が不安定だった時代には停電が多く、停電時の非常用品としてロウソクが不可欠だとされていた。最近では停電はめったになくなり、停電は地震で起こっていることが多いので、余震での火災を防ぐために停電の際にはロウソクを使わないように行政が指導していることもあり、ロウソクといえば仏壇に灯すくらいになってきた。

こういった事情は日本だけの話ではなく海外でも同じであるが、海外ではロウソクが以前以上に使われているという。それは高級なキャンドルである。

高級キャンドルは主に部屋のインテリアとして使われている。海外ではもともとランプが来客を歓迎する雰囲気を創る家具として重宝されているが、その一つとしてロウソクを使う習慣が生まれてきている。

このような仕掛けをしたのは、ロウソクでは新参のメーカであるヤンキーキャンドルという企業であるが、ヤンキーキャンドルは高級キャンドルでは40%以上のシェアを持っているトップメーカである。

このように時代の流れを書いてみると自然なのだが、ロウソクに注目してみると、一旦、使われなくなったものが、再び使われるようになってきているわけで不自然だ。何がこういう状況をうみだしたのだろうか。


◆目的のイノベーション

ポイントはロウソクを使う目的の変革にある。もともとロウソクは明かりを採るために使われてきた。しかし、高級キャンドルと呼ばれるロウソクの使用目的は「来客を歓迎する雰囲気創り」であり、明かりを採ることではない。つまり、同じロウソクでありながら、使用目的を変えている。

そして、この使用目的に変革に応じて、厚みのある瓶に入れ、豪華に見えるろうそくを提供したのが高級キャンドルである。さらに、ここに香りをつけることによって、新しい目的によりマッチした高級アロマキャンドルといったロウソクも普及してきた。

これは一種のイノベーションであり、クレイトン・クリステンセン博士は「破壊的イノベーション」と呼び、チャン・キム教授は「ブルーオーシャン戦略」と呼んだ。


◆サーモスタットの事例

このような事例は数多くある。もう一つだけ有名な事例を紹介しておこう。

サーモスタットで知られるネスト社の事例である。サーモスタットはもともと、温度をどれだけ正確にコントロールできるかで競争していた商品だ。しかし、ネスト社はこのサーモスタットの目的を変え、ユーザの好きな温度を学習する装置として、ユーザがスマートに使用できることを目的にした。

このために、AIを搭載したサーモスタットを開発し、グーグルに32億ドルで買収されるという大成功を収めた。現在、サーモスタットの目的はスマートな使用というのが増えてきている。


◆自動車のイノベーション

このようにイノベーションというのは、新しい目的を創り出すことであるというのが一つの考え方である。

一方で、イノベーションと称する活動の中で多いのは、目的ではなく、手段を革新することである。この典型的な例が電気自動車だろう。自動車の動力を確保する手段としてガソリンの燃焼ではなく、電気を使う。これは手段(ソリューション)の革新であり、こちらのイノベーションの方が圧倒的に多い。

ところが同じ電気自動車でも、自動運転の自動車になると話は変わってくる可能性がある。自動車はある場所から別の場所に移動したり、荷物を運んだりすることが目的だったが、自動運転の自動車は、たとえば、パーティーを行うとか、赤ん坊を運ぶとか、これまでとは別の目的で利用される可能性がある。

多くのベンダーは、これから5年くらいの間で自動運転の技術を向上させるとともにどれだけ魅力的な目的を設定し最適化した自動車を開発するかによって、大きく序列が変わってくることが予想される。今、グーグルやアップルなどが自動車に参入しようとしているのは、この付加価値の部分で画期的なアイデアを提供できる可能性があるからだと思われる。


◆目的型イノベーションと手段型イノベーションがある

このように考えてみるとわかるように、いわゆるイノベーションといっても目的型と手段型の2種類に分かれ、手段型のイノベーションの一つに改善があると考えると全体の体系はすっきりすると思われる。

今、日本がイノベーションを起こせないでいる理由の一つつは、手段しか見ていないことにある。よく言われるイノベーションとは既存の技術の組み合わせで生まれるというのはむしろ、目的のイノベーションに起こし方に近い。

冒頭に紹介したロウソクの例などはその典型である。高級アロマキャンドルのどこをとっても要素技術には新しさはない。すでにあるものばかりだが、新しい目的を設定し、目的の実現のためにすでにある要素を組み合わせることによって大きな市場を作り上げていった。

ここで大きな問題が2つある。一つは、新しい目的をどうように探し求めればよいかだ。そしてもう一つは、目的のイノベーションと手段のイノベーションをどのように位置付ければよいかである。


◆新しい目的は直観/主観から

まず、前者についてだが、ろうそくの事例や、サーモスタットの事例、あるいはこれから起こるであろう自動運転車の例を考えてみると分かるのは、必然ではないということだ。

たとえば、ろうそくはヤンキーキャンドル社が打ち出した方向性であり、サーモスタットはネスト社が打ち出した方向性なのだ。それがユーザに受け入れられるのを見た競合企業がその方向性に乗ってきたとみることができる。

では、ヤンキーキャンドルやネストはどのようにして新たな目的の方向性を打ち出したのだろうか。市場調査など一通りの形式が踏んでいるものの、結局、主観と直観の世界だと思われる。

たとえば、ロウソクに高級感を付加すれば来客を迎えるインテリアとして受け入れられるだろうというのは直観的なものであり、ひょっとすると誰かそのようにもてなされたいと思ったのかもしれない。

話がそれるが、スティーブ・ジョブズがiPhoneを開発したときに、開発マネジャーではなく、ユーザとして徹底的に自分の欲しいものを考え、実現させていったという有名なエピソードがある。重要なポイントは、ジョブズが誰もが持ちえない目的を持っていたから、さまざまな機能的な要求が生まれ、実現され、大きな市場を作れる商品になっていったということだ。スマートフォンの新しさはまさに目的の革新であり、それから10年の間にジョブズの考えた目的で占領されてしまった。

このように目的のイノベーションは直観や主観で生まれると考えてよい。

では直観を生み出せる場というのはどういうものかという議論になるが、これについては今回はコミュニティーだとだけ述べるにとどめる。ただし、その直観を生み出す根源に従来のロウソクがあることは忘れてはならない。

その意味で、全く新しい概念を生み出すような製品は別にして、古い手段が新しい目的に影響を与えることは多い。ジョブズにしても、iPhoneの目的の背景にはそれまでのアップルのさまざまな商品や世の中にあったフューチャーフォンなどがあったと思われる。


◆手段のイノベーションと目的のイノベーションの関係

一方で手段のイノベーションも重要である。これは目的が変わったときに、手段を最適化するというイメージのイノベーションだ。目的達成のソリューションだといってもよい。

たとえば、高級キャンドルの大成功は、香りをつけたことにある。これは目的をより高いレベルで実現するためにはどうすればよいかを考えたときに生まれたアイデアだと考えられる。

このように、目的のイノベーションと手段のイノベーションは完全に切り離して考えることができないし、目的を決めてから手段を考えるという一辺倒でもないように思える。

つまり、直観で得たアイデアを論理的に考えたり、主観で得たアイデアをみんなで検討するといった行き来が目的にも手段にもイノベーションを起こすには不可欠なのだ。これは、まさにコンセプチュアル思考の世界のスキームであるといえる。


【参考文献】
ロベルト・ベルガンティ(安西 洋之監修、八重樫 文監訳、立命館大学経営学部DM訳)
突破するデザイン あふれるビジョンから最高のヒットをつくる」、日経BP社(2017)

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   3.1 要求/アイデア/ジョブ/を概念化し、価値(本質)の概念モデル(コンセプト)を作る
   3.2 概念モデルのさまざまな実現方法を考える
   3.3.実現方法を評価する
  4.イノベーションプロジェクトのプロジェクトの進め方
  5.コンセプチュアルイノベーションワークショップ
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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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