◆デザイン思考の役割
デザインを行うには「デザイン思考」という思考法がある。日本でも2010年にIDEOのティム・ブラウンの著書「デザイン思考が世界を変える」(ハヤカワ新書juice)がベストセラーになり、注目されるようになってきた。
そして、今、デザイン思考は「イノベーション」のツールとして考えられて節がある。
この背景には、ヒューマン・センタード(人間中心)という考えがあるようだ。つまり、デザイン思考はどんな商品であれば買いたいかをさまざまな問いで顧客(消費者)に問いかけ、それに応えていくことによって売れる商品を創っていこうというビジネスモデルの根底にある思考法で、顧客のニーズには今までにない要求が含まれているという前提がある。そして、それを解決しなくてはニーズは実現できないというところからイノベーションの実現に結びついていくと考えられている。
だが、ちょっと考えてみればわかるように、このプロセスは改善プロセスである。顧客のニーズというのは現在、存在している商品がどうあってほしいかというものがほとんどで、顧客が自発的にまったく新しいものを想像し、欲しがるということはほぼあり得ないと思われる。
これは、アップルがiPhoneを開発したときに、スティーブ・ジョブズがフォーカスグループによるインタビューを行いながらも「多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ」と言ったとされるエピソードに代表されていると言えよう。
言い換えれば、デザイン思考は1を改善して10にする思考法であり、0→1、つまり、何もないところに新しいものを生み出す思考法ではない。
◆デザインとは目的を表現するもの(by イームズ)
にも拘わらずこのような誤解が生じているのは、イノベーションに対する誤解というか、曲解もあるのだが、デザインに対する誤解があることが大きい。
日本語でデザインというと、芸術(センスとか、絵心といったニュアンス)で理解されることが多いが、日本語でデザインという言葉は、3つくらいの意味で使われる言葉になっている。小学館発行の「デジタル大辞典」によると
1.建築・工業製品・服飾・商業美術などの分野で、実用面などを考慮して造形作品を意匠すること。「都市をデザインする」「制服をデザインする」
2.図案や模様を考案すること。「家具にデザインを施す」「商標をデザインする」
3.目的をもって具体的に立案・設計すること。「快適な生活をデザインする」
の3つだと説明されている。センスや絵心というのは1.や2.の領域であるが、各務太郎さんの著書「デザイン思考の先を行くもの」によると、欧米では、1.、2.には「styling」(スタイリング)という言葉があてられ、「design」(デザイン)は3.を指しているそうだ。
ちなみに各務さんの著書では、20世紀の偉大な工業デザイナーであるチャールズ・イームズが「デザインとは何か」というテーマの展覧会ででインタビューに答えた様子が紹介されている。この中にある以下のようなやりとりが興味深い。
インタビュアー「デザインの定義とは何か」
イームズ「ある特定の目的を達成するために要素を配置・整理することだ」
インタビューア「デザインは芸術の表現か」
イームズ「目的の表現だ。そして、それが素晴らしいものだったら、芸術と呼ばれる」
◆デザインのポイントは「目的」
このインタビューからもデザインというのは目的をもって具体的に立案・設計することであることがよくわかる。つまり、デザインは改善(1→10)だけを表す言葉ではない。イノベーション(0→1)も含め、また、普及(10→100)も含むものである(上でイノベーションの曲解といったのは、1→10をイノベーションだと言っていることを指している)。
さて、このようにデザインという活動を捉えると、活動の鍵を握るのは目的である。問題解決だけを目的として考えるのがデザイン思考であるが、問題解決というのは1→10のための活動である。従って、それだけではデザインの活動には不十分であり、目的をもっと広くとらえる必要がある。
では、目的はデザインにどのように絡んでいくのか。
今の時代、売れる商品を作るには顧客の声を訊く必要がある。0→1は顧客の声に基づいていることが現実的であるが、問題は顧客の声をどのように理解するかである。
ここで、目的が重要な役割を果たす。どういう問いを投げかけても顧客の声は「こういう機能が欲しい」、「この部分の操作**にしてほしい」など、具体的なものになる。これを改善に結び付けていくのがデザイン思考である。この背景にあるのは、顧客の満足度を高めるといった目的だ。たとえばKJ法のようなレベルの抽象化はされるが、顧客の声を改善要求として実直に受け止めることになる。
ここで目的を、例えば、「この世の中にないものを生み出す」、「競合製品に圧倒的な差をつける」といった抽象的な設定をしていれば話は変わってくる。顧客の要求を実現しただけでは、目的は達成できない。
このような目的を実現するために必要なのは、顧客が本質的要求しているかに関する洞察である(ただしそれは商品を提供する側の独りよがりであってはならない)。つまり、顧客の要求があり、なぜそのような要求をするかを徹底的に考え、要求の本質が何かを見つけ、それを例えば「競合製品に圧倒的な差をつける」という目的を踏まえて実現していくことである。
◆0→1を生み出す例
このように考えていくと、必要なのは0→1を生み出すアイデアである。
スマートフォンを例にとって考えてみよう。スマートフォンの場合、日本の携帯電話メーカ(アップル以外の全世界のメーカといってもよいだろう)は、フューチャーフォーンを改善することを目的にして、新しい商品を開発していた。しかし、アップルは全く別のことを考えていた。
目的がフィーチャーフォンを改善するというのであれば、画面を大きくするとか、あるいはキーボードをなくしてタッチパネルで代替するいったアイデアは出てくるだろう。
しかし、スマートフォンの発展はハードウエアの操作性より、アプリケーションと本体を分離し、メーカ以外がアプリケーションを提供できるようにしたことにある。おそらくこれがスマートフォン最大のイノベーション(0→1)であった。
このようなイノベーションが生まれたのは、他のスマートフォンの規範となったiPhoneが目的を、パソコンを小型化し、自由に持ち歩けるようにするという点においたからだと考えられる。このような目的の中で、フューチャーフォンに対する顧客の要望に対処する方法を考えたときに、iPhone自体がすべての機能を提供するのではなく、プラットホームとして誰でもアプリケーションの提供ができる場を作ることがもっとも現実的だったのだ。そこで、アップルは提供する商品のプラットホームとしてのクオリティーを向上させ、成功を収めたと考えることができる。
もう一つ興味深いのは、この目的を達成するために、フューチャーフォンでは改善でも、スマートフォンでは不可欠(本質)になった機能もいくつかある。代表的なのはタッチパネルとソフトキーだ。フューチャーフォンでは操作性を高めることが目的で、いくつかの機種で取り入れられたが、結局普及しなかった。機能として本質ではなかったのだ。しかし、プラットホーム化にはソフトキーボートが不可欠だし、動きながら操作をするにはタッチパネルが不可欠だ。だから、スマートフォンではこれは本質的に必要な機能となり、一挙に普及した。本質にはこういう性質もある。
◆コンセプチュアル思考で0→1を実現する
このような考えを実現していくのにコンセプチュアル思考は効果的である。
実現したい目的を意識しながら、顧客要求からその本質を考え、さらにその本質を実現する機能に具体化していくことのよって0→1を実現することは、抽象/具象、主観/客観の軸を中心にしたコンセプチュアル思考でできる。さらに、コンセプチュアル思考はデザイン思考と組み合わせることによって、1→10のフェーズにおいても有益な思考法になるし、10→100を実現するに当たっても、大局と分析の軸を中心に有効な思考ツールになるだろう。
つまり、コンセプチュアル思考は、デザイン思考をはじめとする他の思考法やプロセスとの組み合わせならが、デザイン、つまり0→10→100を実行していくための中心的な思考法として適しているといえる。
◆参考資料
ティム・ブラウン「デザイン思考が世界を変える」(ハヤカワ新書juice)、早川書房(2010)
各務太郎「デザイン思考の先を行くもの」、クロスメディア・パブリッシング(2018)
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1.変革(イノベーション)におけるコンセプチュアル思考の役割
2.イノベーションのおけるコンセプチュアル思考の活用例
3.コンセプチュアル思考によるイノベーションプロセス
3.1 要求/アイデア/ジョブ/を概念化し、価値(本質)の概念モデル(コンセプト)を作る
3.2 概念モデルのさまざまな実現方法を考える
3.3.実現方法を評価する
4.イノベーションプロジェクトのプロジェクトの進め方
5.コンセプチュアルイノベーションワークショップ
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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