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第51話:技術によるイノベーションは終わったのか?(2012/08/10)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆技術によるイノベーション

イノベーションブームの中で、技術によるイノベーションの時代は終わった。コンセプトの時代だと盛んに言われるようになっています。そして、イノベーションの対象はビジネスモデルに変わってきたと言われます。今回はこの問題について考えています。

まず、技術によるイノベーションとはなんだったのかについて考えてみましょう。この30年間くらいを考えて、もっともイノベーションが起こった分野の一つは、情報技術です。僕が仕事を始めたころに、空調がきいた部屋一杯に置かれていたコンピュータが、パソコン一つになり、さらにはネットワークでつながっているわけですので、大変な革新です。

これは技術の進歩によってもたらされたイノベーションです。プロセッサーの高速化、半導体の集積密度の向上、記憶デバイスの大容量化、ファームウェア技術の進化、基本ソフトウエアの進化など、あらゆる分野の技術のイノベーションがもたらした結果です。

このような産業の成長の中で、いわゆるITのハイテク企業では、新技術開発=イノベーションという構図ができてしまった。そして、その中で技術の競争の方向が変わるときに、イノベーションのジレンマが起こる。そして、新しい土俵で新しいプレイヤーによる技術イノベーションが始まる。これを繰り返してきました。

そして、今、盛んに言われているのは、技術ではイノベーションを起こせないということです。つまり、新しい技術がイノベーションになるという構図は終わったということです。

よく例に挙げられるのはアップルのiPodです。iPodは技術を組み合わせることによって非常に革新性の高い商品を作り上げたと言われています。彼らにとって、技術は自分たちのゴールを実現するための商品を組み立てる道具に過ぎないわけです。

ただし、ゴールの実現にもっとも大きな影響を持つ(広い意味での)ユーザインタフェースについては徹底的にこだわるわけです。ここでいうユーザインタフェースとは、単に画面や(物理的な)ボタンの場所などだけではなく、ユーザが持ったときの感覚や、持ち運びができるかどうかなど広範にわたる、いわゆる「デザイン」です。


◆技術によるイノベーションは終わったのか?

では、本当に技術によるイノベーションは終わったのでしょうか?確かに、デザインにこだわると、重要なのは技術の新しさではなく、どれだけ忠実にデザインを実現できるかであることは間違いありません。

ただ、よく考えてみる必要があるのは、技術進化がイノベーションにならないというのは当たり前の話であって、そもそも、ITのように技術進化がイノベーションと同等に位置づけられることの方が特異だったと考えることができます。

極論すれば、技術というのは、人間に役だって初めて技術で、ITの創世記には技術は売り手市場で、進化すれば、何らかの形で求める人がいて、役にたっていたからです。

たとえば、ITの進化を示す有名な法則に、インテルの共同創設者、ゴードン・ムーアが1965年に提唱した『半導体チップの集積度は、およそ18カ月で2倍になる』というムーアの法則があります。ムーアによるとこれにより、コンピュータのCPUの性能は18ヶ月で2倍の性能になると指摘しました。そして、CPUの性能向上は、コンピュータで可能なことを増やし、人間に確実に貢献してきました。

ところが、ITの多くの分野では技術は、要求水準を超えつつあります。そのため、現在は、技術、たとえば、CPUの性能を如何に使うかが問題になってきています。これまでずっと、これもやりたい、あれもやりたい、でもCPUの性能が足らないという状況で成長してきたわけですが、今や、今のCPUの性能を使ってできることはないかという時代に入っているわけです。


◆アップルは他社と何が違ったのか

さて、このような状況では何が必要なのでしょうか?

もう一度、iPodの話に戻ります。そもそも、iPodは技術進化に関係のない商品なのでしょうか?

ネット上で曲単位で音楽を購入するというビジネスモデルイノベーションがあまりにもインパクトがあったので、あまり、語られませんが、iPodは技術イノベーションを伴って成功した商品です。それは、MP3のようなデジタル・オーディオ・エンコーディング技術です。デジタル・オーディオ・エンコーディング技術の進化なくしては、iPodは誕生しなかったでしょう。

では、アップルを他社は何が違ったのか。他社は、デジタル・オーディオ・エンコーディング技術を従来のメディア技術の代替技術とみなし、従来の何十倍、何百倍も音楽を持ち運べるポータブルオーディオを競って開発しました。いわゆる持続的イノベーションを実現しようとしたわけです。

これに対して、アップルは、加えて、音楽を曲単位で、ネットから直接購入できるというビジネスモデルを提供しました。いわば、iPodのユーザをプロデューサーに仕立てあげたのです。ここが大きな違いです。これは、競争のポイントを変えたという意味で、破壊的イノベーションの一つだと考えてよいでしょう。

結局、デジタル・オーディオ・エンコーディングの技術を代替技術としてみた企業、つまり、従来の技術イノベーションを行った企業を横目に、独り勝ちをしたわけです。


◆技術の意味づけ

iPodの成功のポイントは技術の意味づけにあります。これまでは、技術の進化は代替技術として使い、商品のパフォーマンスを上げるために行われてきました。言い換えると、技術を開発する際に技術とWHATを無条件に結び付けてきたわけです。ITの進化の過程はまさにこれだと言えます。

技術の意味付けをするというのは、WHATではなく、技術とWHYを結びつけることです。

つまり、デジタル・オーディオ・エンコーディングの技術を開発すると、大容量のポータブルオーディオができる。ここまでだとWHATです。問題はこのポータブルオーディオがなぜ必要なのかを徹底的に考えることです。

そこで、iPodは個人プロデュースというコンセプトを持ち込みました。このように、技術にコンセプトを紐付することをデザインといいます。上でもデザインという言葉を使いましたが、ここでいうデザインはもっと広いもので、アップルがiPodで行ったデザインはこちらの意味です。

技術ではイノベーションを起こせないという言い方は正確ではありません。正確には「技術だけでは」というべきなのです。つまり、技術だけではなく、技術も含むデザインによりイノベーションを起こす時代なのです。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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