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第41話:フィールドワークとデザイン思考(2012/02/27)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆ミンツバーグの「マネジャーの仕事は細切れな仕事の連続である」という発見

最初にエスノグラフィーという言葉を聞いたのは、1995年に神戸大学のMBAコース(金井壽宏ゼミ)に通っていたときに、一般向けの授業で定性的研究方法論というのがあって、その中でした。当時はほとんどの人が聞いたことがない言葉だったと思いますし、正直なところ、もう一つピンとこないものがありました。

ただ、一つだけ印象に残ったことがあります。それは、講義の担当教官だった金井先生が紹介されたヘンリー・ミンツバーグの話です。ヘンリー・ミンツバーグは、「マネジャーの仕事は細切れな仕事の連続である」という事実を発見しました。それまでは、思い込みとして、マネジャーは重要な仕事をドンと構えてして行っているようなイメージがありますが、そうではなく、数十分から1時間程度の細切れの仕事で、どんどん、意思決定をしていくのがマネジャーの仕事だという正反対の事実を発見したのです。この研究で使った手法がフィールドワーク(行動観察)で、ミンツバーグは観察結果を「マネジャーの仕事」というエスノグラフィーとして書き上げました。これがおそらく、経営学の分野で初めて書かれたエスノグラフィーです。


◆フィールドワークによって新しい「問い」が見つかる

これが印象に残っていましたので、積極的にコンサルティングの中で、フィールドワークを取り入れてきました。適用分野は2つあり、一つは開発プロセス(特にソフトウエア)におけるプロセス改善です。もう一つは、プロジェクトマネジャーの育成です。実は、MBAコースに行っているときに、エスノグラフィーを書いてみたことがあります。京都のある会社で、3ヶ月ほどCADシステムの開発のフィールドワークをし、プロセスの形式化を目的に行いました。一度、書いてみて、よく分かったのは、インタビューでわからないことが発見できることでした。

プロジェクトマネジャーの育成の中に、フィールドワークを取り込むことによって、このことが明確になりました。インタビューではどうしても質問視点は、インタビューの設計者が過去に経験したことが中心になります。ところが、観察をしていると、どうしてそんな行動をしているのかと聞きたくなることがたくさん出てきます。つまり、インタビューでいえば、「問い」の視点自体を発見することができます。

これはすごいことです。改善にしろ、育成にしろ、問いの視点が変わらない限り、いきつく先はだいたい決まってきます。他社並みにはできるようにしたい、とか、他人並みにはできるようになりたいといった目的であればそれで十分かもしれませんが、改善や人材育成が競争力にはなりません。フィールドワークで「問い」の視点を変えれば、他社は気づいていないようなポイントの改善ができたり、自社ならではのプロジェクトマネジャーの行動というのができたりすれば、競争力になり得るわけです。


◆参与観察で立場を超える

さて、話は変わりますが、エスノグラフィー(ethnography)という言葉は、辞書を引くと「民族誌学」と載っています。たとえば、これまで外部社会との交流のなかった民族の住む村にいって、そこで一緒に生活しながら観察をするわけです。単なる観察ではなく、「参与観察」の意味合いがあります。

今、多くの分野で参与観察が求められています。その前提としてあるのが、立場を超えた一体になった活動です。たとえば、顧客とベンダーの立場を超えてシステムを開発する、ユーザとメーカの立場を超えて同じ場に集い、一緒に商品を作るといった活動です。あるいは、構成員と外部コンサルの立場を超えて組織開発を行うといったことです。

立場を超えることが重要なのです。多くのケースで立場に手を焼いている人たちがいます。立場は、視点を固定します。立場があるかぎり、どうしてもできないものの見方というのがあります。たとえば、システムや商品に余計な機能を付けて、自らの蒔いた種を摘み取るようなコスト低減を余儀なくされているのは、立場のなせるものだと言えます。

顧客の立場で考えれば、あるいはユーザの立場で考えればすべて解決しますとはいいません。システムであれば、顧客には少なくとも3つの立場の違うステークホルダがいます。投資決定者、ユーザ、運用者(システム部門)です。商品であれば、ユーザ、販売者、チャネルの3つの立場のステークホルダがいます。そう単純に事は運びません。

ただ、多くのステークホルダがいるからこそ、立場を超えることが重要なのです。


◆コ・クリエーションを実現する「デザイン思考」

立場の議論の背景にあるのは、コ・クリエーション(共同創造)です。

コ・クリエーションの中では、取りまとめをする立場には、活動に参加し、観察する中で、「サーバントリーダーシップ」を発揮し、活動全体を適切だと考える方向に動かしていくことが望まれます。

たとえば、システムの開発であれば、業務に加わり、その経験からの気づきを設計に反映していくといった活動が不可欠になってくるでしょう。投資の意思決定に参画するというのはなかなか難しいかもしれませんが、ケースバイケースで何か可能なフィールドワークが見つかるかもしれません。

ただし、フィールドワークでコ・クリエーションを行っていくには時間的な意味で限界があります。そこで、コ・クリエーションの枠組みとして注目されているのが「デザイン思考」です。

デザイン思考には、いろいろな定義がありますが、もっとも有名な定義として、世界でもっとも有名なデザインコンサルティングカンパニー・IDEOのCEOであるティム・ブラウンの定義を紹介しておきましょう。

デザイン思考とは、ソリューションを探り出すきっかけになる問題や機会であるインスピレーション、アイデアを創造、構築、検証するプロセスであるアイディーエーション、アイデアをプロジェクトルームから市場に導くインプレメンテーションの3つの間を行き来し、アイデアを改良したり、新たな方向を模索したりするプロセスである。

これからのプロジェクトはデザイン思考をうまく使って、コ・クリエーションを行っていくことが不可欠になるでしょう。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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