◆MBAが会社を滅ぼす
ヘンリー・ミンツバーグ教授は「人間感覚のマネジメント」、「マネジャーの仕事」をはじめ、エクセントリックともいえる経営理論の著作で有名だが、その中でも世間を驚かせた一冊に
「MBAが会社を滅ぼす マネジャーの正しい育て方」(2006、日経BP社)
がある。この著書は従来のMBA制度を批判し、新しいコンセプトの制度を提案したもので、
経営とは、「直感(アート)」、「経験(クラフト)」、「分析(サイエンス)」を適度にブレンドしたものである
という認識のもと、サイエンスを重視するMBA制度から、クラフトやアートとサイエンスのバランスの取れたMBA制度にすべきだと述べたものである。
◆アートを軽視しない経営の例
MBA批判の妥当性は一概にいえないが、経営がサイエンスとクラフトを重視し、アートを軽視しているという点はまさにその通りだと思う。
このミンツバーグ教授の言葉を思い出させてくれるのが、米国大統領のトランプ氏の言動だ。彼の言動は直感に基づいている部分が多いように見え、そこにサイエンスやクラフトを後づけしているように感じる。だから、サイエンスを偏重している人たちからは評判が悪いし、支持率が低いのも納得できる。もちろんそれだけではないのだろうが、経営がそういうものだと考えてみると、彼のイメージもだいぶ変わるように思う。
また、最近何かと話題のGAFA(Google、Apple、facebook、Amanzon)にしてもそうだ。彼らの共通の特徴は、情報を重視し、徹底的に情報を集めることだが、
・グーグルのラリー・ペイジ
・フェースブックのマーク・ザッカーバーグ
・アマゾンのジェフ・ベゾス
・アップルのスティーブ・ジョブズ
といった、各社の確固たる地位と事業コンセプトを作り上げたリーダーたちは直感を最大限に活用して、意思決定をしている。どう考えても、サイエンスだけで経営をしているようには見えない。ミンツバーグのいうように、アートとサイエンス、そしてクラフトをブレンドした経営をしているように見える。PMstyle的にいえば、コンセプチュアルに経営をしているのだ。
◆なぜ、アートが軽視されるか
日本のMBA制度は欧米のMBA制度とは若干異なる。
欧米より経験(クラフト)が重視されている。著者が通っていた神戸大学MBAでは、サイエンスより、クラフトが重視されていたようにさえ思える。これは日本型経営ということで、経営そのものに分析より、経験が重視されるという背景があるのだろう。
ちょっと脱線するが、神戸大学は経験を重視していたがそれは経験を科学にすることを目指していたからのようだ。神戸大学が打ち出した日本型経営というコンセプトはもともと、そういうものだった。
さて、このように直感が軽視され、分析や経験が重視される理由だが、「世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」」(光文社新書、2017)を書いた山口周さんによると、「アカウンタビリティ」の高さの問題だという。つまり、直感は分析や経験に比べて、アカウンタビリティが低いからだという。
アカウンタビリティというのは難しい概念だが、ビジネスでは担当や権限を持つ事柄について詳細な説明をするという意味の言葉である。アカウンタビリティの高い/低いというのは、
直感的には〇〇だ(アート)
というのは
分析的には〇〇だ (サイエンス)
経験的には〇〇だ (クラフト)
という説明より納得度(説明の度合い)が低いということだと考えておけばよい。
◆VUCAの時代の意思決定の在り方
では、アートより、サイエンスやクラフトを重視すると何がまずいのだろうか。
そのカギは、ここ数年盛んに言われるようになった、VUCA(「volatility」(変動が激しく不安定)、「uncertainty」(不確実性が高く)、「complexity」(複雑で)、「ambiguity」(曖昧な))にある。
サイエンスは分析した結果に基づき意思決定する、クラフトは経験したことに基づき意思決定することが前提になっている。しかし、VUCAの時代には、一旦分析し計画しても状況が変わったり、あるいは曖昧で分析すらもできないことが増えている。また、経験にしても、過去の経験とは全く異なる状況に遭遇することが多くなっている。このため、サイエンスやクラフトに過度に依存するのは危険である。
これは全く分析や経験が役に立たなくなったということではないが、もはやそれだけでは適切な意思決定はできなくなっている。そこで、何か新しい軸が必要なのだが、それが、アート、つまり直感である。
ちょっと脱線するが、「ちょっかん」には、「直感」という漢字と「直観」という漢字がある。直感は何の脈絡もないひらめきで、直観は経験に基づくひらめきである。まさに、アートとクラフトの融合なのだ。
◆アップルの意思決定
例えば、アートをバランスよく入れているのがアップルである。アップルは創業期から常にアートにこだわってきた。
世界で初めてのグラフィック機能を持ったパソコン、音楽を持ち運ぶというコンセプトで開発された莫大な容量を持ったポータブルオーディオ、そして集大成とも言えるのが、スマートフォンというカテゴリーを築いたiPhoneである。
これらは市場調査などの分析を全くしていないわけではないが、売れるというデータに裏打ちされた製品ではない。商品化を最終的に決めたのは、売れるというジョブズの直感である。そして、見事に成功した。
ジョブズは、iPhoneに至るまでに、Lisa、Apple、Macintosh、Newton、NeXTなど、さ
まざまな成功や失敗の経験をしており、アップルの成功要因はジョブズの直感ではなく、直観だといってもよい。いずれにしても、アップルとIBMやマイクロソフトといった企業を比較してみると経営におけるアートの重要性がよくわかる。
◆直感・経験・分析のバランスの取れた意思決定をいかに行うか
アップルの例をみても分かるように、意思決定において、要にある人の直感は重要な役割を果たす。これは経営はもちろんだが、実務における意思決定にもそのまま当てはまることだ。
この役割を果たす一つの方法がコンセプチュアル思考である。経験と直感のバランスをとれた意思決定をするには、コンセプチュアル思考の直観―論理の軸を活用すればよい。
直感だけでは、経験にならない。この軸を活用することによって直感と経験を統合し、直観として機能するようにできる。
そのためには、直感で決めたことの成功や失敗の本質がどこにあったかをよく洞察しておく。そうして初めて、直観を働かせることができる。例えば、直感で決めたことを論理的に説明してみる。すると、論理の中に経験が織り込まれ、直観に変わっていく。
このように、直感・経験・分析のバランスの取れた意思決定を行うにはコンセプチュアル思考を活用すればよい。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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