◆コンセプチュアルスキルの起源
最近、よく聞かれるのが「コンセプチュアルスキルがなぜ必要か」ということだ。関心を持つ人が増えてきたということなのだろう。ありがたいことだ。そこで、今回のPMスタイル考は、この問いに答える形で書いて見る。
ちょっと大きな話になるが、コンセプチュアルスキルはロバート・カッツというハーバード大学の先生がマネジャー、特に経営にタッチする上級マネジャーの特有のスキルとして提唱したものだ。
彼は、工場において、最初の管理職位である作業長になる人の中で、上にあがっていける人といけない人にどういう違いがあるかを観察し、コンセプチュアルスキルの高さによるという発見をした。つまり、業務スキルやヒューマンスキルに加えてコンセプチュアルスキルが高い人は工場長まで上がれるが、あまり高くないと、あるところから上の職位にはつけないことに気付いた。
この着眼は日本企業に適合しており、コンセプチュアルスキル(概念化スキル)の向上が日本企業では重要な人事課題になっている。
◆意外と知られていない「マネジメント」との関係
ここで注目していただきたいことがある。それは、カッツ博士がコンセプチュアルスキルを提唱した時期で、1950年前後なのだ。これは、ピーター・ドラッカー博士が「マネジメント」を提唱する前だなのだ。この後で、ドラッカー博士がマネジメントを提唱するとともに、ナレッジワーク(知識労働)を行う「ナレッジワーカー」という労働者概念を提示している。
ナレッジワーカーとは、それまでの製造に従事する労働者に対する対立概念として、企業に対して知識により付加価値を生み出す労働者のことで、知的生産物を創造する労働者のことである。
このドラッカー博士のマネジメントとナレッジワークを両輪とする考え方が今の経営組織の基本になっているが、すると、カッツ博士の書いた絵は少し変わってくる。
管理者のスキルとして必要なのは、テクニカルスキルとヒューマンスキル、そして、マネジメントスキルだと考えることができる。
もちろん、コンセプチュアルスキルが不要なわけではない。
◆コンセプチュアルスキルを必要とする人
コンセプチュアルスキルは
「周囲で起こっている事柄や状況を構造的、概念的に捉え、事柄や問題の本質を見極めるスキル」
と定義されるが、マネジャーだけに必要なスキルではなく、すべてのナレッジワーカーに必要なスキルだと考えられるのだ。
コンセプチュアルスキルが備わり、担当している業務の本質を見極めることができることが、知識を活用して付加価値を生み出せることの前提条件だといってもよいだろう。
もう少しいえば、工場の生産ラインで決められた手順で作業を担当している分には、決められたことを如何に高い精度で行うかが生み出す付加価値を決まる。これに対してナレッジワークは、さまざま選択肢の中から意思決定し、プロダクトやプロセス、さらにはビジネスモデルのデザインをするには、何に着目し、何を中心にして考えるかによって生み出される付加価値が大きく変わってくる。
この意思決定は、対象は違えど、経営者が行う経営的な意思決定と同じものだ。つまり、コンセプチュアルスキルなしにはできないのだ。
このように、コンセプチュアルスキルは経営者や管理者だけに求められるスキルではなく、ナレッジワーカー全体、言い換えるとビジネスマン全体に求められるスキルである。これが、PMstyleでコンセプチュアルスキルの普及に取り組んでいる理由であり、また、取り組み方針の基本でもある。
◆コンセプチュアルの必要な人が足らないという問題
ここでもう一つ困った問題がある。
コンセプチュアルスキルを上級管理職や経営職に不可欠なスキルだと考えると、実はコンセプチュアルスキルのトレーニングというのはそんなに必要がない。全体の1〜2割の人は潜在的にコンセプチュアルスキルが高く、その人達で事足りる。実際、カッツ博士が発見したように高い人が然るべき立場についている。
ところがナレッジワーカーだとそうはいかない。仮にナレッジワーカーが全体の半分だとしても、潜在的にコンセプチュアルスキルの高い人だけでは到底間に合わない。ましてや、これからロボットやAIの普及により、この割合はどんどん増えていくだろう。また、求められるナレッジワークの質もどんどん難しくなっていくと思われる。
すると、ナレッジワークをする人のコンセプチュアルスキルが企業や事業の付加価値を決めることになる。ゆえに、コンセプチュアルスキルのトレーニングが不可欠なのだ。
◆コンセプチュアルスキルで業務の質が変わる
さて、では、ナレッジワークにおいて、コンセプチュアルスキルがどのような役割をはたすのか。一言でいえば業務の質の向上だ。経験が増えると業務スキルが向上すると考えられているがこれは正確ではない。
正確にいえば、経験により業務スキルが向上する人は経験を知識化できる人である。これはナレッジワーカーの定義だといってもよいが、そのためにはコンセプチュアルスキルが必要だ。
いま、PMstyleが重点的に取り組んでいるのが、プロジェクトにおけるコンセプチュアルスキルの活用であるが、これはできないことをできるようにするということではない。例えば、プロジェクトで最も重要なナレッジワークであるプロジェクトマネジメントはコンセプチュアルスキルが低くても「それなりに」できる。しかし、それなりにしかできない。プロジェクトマネジメントでより高い付加価値を得ようと思えば、コンセプチュアルスキルが必要なのだ。
◆プロジェクトマネジャーのコンセプチュアルスキルの例
例えば、こんな状況を考えてみよう。
あるメーカーでは、製品開発をプロジェクト制で行っている。製品Xのプロジェクトで開発中の製品の競合製品を競合メーカーが2ヶ月前に発売するという情報が入ってきた。
このような状況において、コンセプチュアルスキルの高いプロジェクトマネジャーは、問題は機能より発売時期だと判断し、競合製品の2ヶ月先行の影響分析を行い、開発スケジュールは変えず、製品プロモーションを前倒しすることを決定した。
これに対して、コンセプチュアルスキルの低いプロジェクトマネジャーは競合の製品が自社製品の売れ行きにどれだけの影響があるかを把握することが先決だと考え、競合の発売する製品の仕様を調査と自社製品との比較を指示した。しかし、影響を推測するだけの情報は見つからず、さらに情報の収集を行っているうちに、競合の商品は発売の時期を迎え、実物の製品を見て、2ヶ月の間で対策を立てる羽目になった。
◆ナレッジワークとコンセプチュアルスキル
これは、起こっている問題の本質を踏まえて対応しているかどうかの違いにより起こっている。つまり、コンセプチュアルスキルの違いが意思決定の質の違いを引き起こしているのだ。
同様な状況はプロジェクトの中で行う企画や設計など、すべてのナレッジワークで起こりうる。また、プロジェクト以外でも、設計や企画や営業など、すべてのナレッジワークで起こりうる。つまり、コンセプチュアルスキルによって、ナレッジワークの質を上げることができるわけだ。
以上がコンセプチュアルスキルが、すべてのビジネスマンに必要な理由である。
◆関連するセミナーを開催します
━【開催概要】━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆コンセプチュアル思考のポイントと活用〜VUCA時代の思考法 ◆7PDU's
日時・場所:【Zoom】2024年 11月 22日(金)9:30-17:30(9:20入室可)
【Zoomハーフ】2024年 12月 11日(水)13:00-17:00+3時間
【Zoomナイト】2025年 01月 15日(水)17日(金) 19:00-21:00+3時間
※Zoomによるオンライン開催です
※ナイトセミナーは、2日間です
※ハーフセミナー、ナイトセミナーは、事前学習が3時間あります
※少人数、双方向にて、個人ワーク、ディスカッションを行います
講師:鈴木道代(株式会社プロジェクトマネジメントオフィス,PMP,PMS)
詳細・お申込 https://pmstyle.biz/smn/conceptual_thinking.htm
主催 プロジェクトマネジメントオフィス、PMAJ共催
※Youtube関連動画「コンセプチュアルスキルとは(前半)」「コンセプチュアルスキルで行動が変わる」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【カリキュラム】
1.コンセプチュアル思考のイメージ(アイスブレーク、講義)
2.コンセプチュアル思考を実践してみる(個人ワーク)
3.コンセプチュアル思考の原理を学ぶ(ワークの振返り、講義)
4.コンセプチュアル思考の実際(講義)
5.コンセプチュアル思考で変化に対応する
(個人ワーク、グループディスカッション)
6.コンセプチュアル思考で不確実性に対応する
(個人ワーク、グループディスカッション)
7.コンセプチュアル思考を応用した活動(まとめ)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
本連載は、PMstyleメールマガジン購読にて、最新記事を読むことができます。