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第16回 ビジョンと戦略とプロジェクトビジョン(2009.01.26)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆ビジョンだけでは人はついてこない

前回はビジョン浸透の重要性について述べたが、ビジョンだけでは人はついてこないという一面もある。例えば、「顧客が次も指名してくれるSIサービス」を提供するというビジョンを掲げていても、プロジェクトのたびに、納期に追い回され、余裕のない対応しかできていないとすれば、そのうち、誰からも信じられなくなる。

その意味で、掲げたビジョンに対して現実のプロジェクトしてスモールステップを刻んでいくことはきわめて重要である。スモールステップをうまく刻むために重要になるのが、プロジェクトビジョンという考え方である。

組織でいえば、ビジョンが掲げられ、現実の姿が把握されると、そのギャップを埋めるための戦略が生まれる。すべてのプロジェクトはその戦略実行の一環であり、いくつものプロジェクトによって戦略が実現される。

プロジェクトビジョンは、文字通り、プロジェクトのビジョン、つまりそのプロジェクトの戦略上の位置づけを明確にするものである。そのために、プロジェクトビジョンには

・プロジェクトを実施する目的
・そのプロジェクトの目標
・そのプロジェクトの戦略

の3つの要素が含まれる。


◆プロジェクトの目的は戦略とプロジェクトをつなぐ

戦略とプロジェクトをつなぐものが、プロジェクトの目的である。プロジェクトの目的は、そのプロジェクトの実施環境において、ビジョン実現のスモールステップ、つまり、戦略実行手段になるように策定される。例えば、「顧客が次も指名してくれるサービス」というビジョンを掲げ、「顧客満足の向上」という戦略を策定していたとしよう。ところがあるプロジェクトの顧客は非常に厳しい顧客であり、予算はもちろんだが、納期も非常に厳しかった。このときにこのプロジェクトを実施する目的をどこに置くのか?

利益を上げることが一つの目的であることはいうまでもないが、問題はそれと顧客の満足の両立をしなくてはならないことだ。すると目的は、予算、納期の制約の中で、顧客の満足するシステムを納めることとなるのだろうか?

これではよくある机上の空論になってしまう。机上の空論にしないためにはどうすればよいのか?ここでプロジェクトの目的設定をする、つまり、厳しい環境の中で、戦略実行とプロジェクトの整合性をとるために重要な考え方がある。


◆前提をみなおす水平思考

上のような顧客満足に発想には一つの前提が含まれている。

 顧客は自身が望んでいるシステムを獲得したときに満足する

という前提である。この前提は本当に正しいのか?もちろん、望んでいるシステムを獲得できないときに満足する顧客はいないだろう。その意味では正しい。

しかし、少し視点を考えてみると、

顧客は開発の活動に満足したときに自身が望んでいるシステムを獲得できたと考える

という考え方もあり得る。では、どうすれば開発活動に満足してくれるのか?顧客のいうがままにしていれば顧客は満足すると考えているとすれば考え違いだ。人間は自分の要望を満たしてくれれば無条件に満足するような合理的な動物でない。

そこで考えるべきことは顧客には顧客の戦略があり、戦略に基づくプロジェクトの目的が設定されていることだ。その目的によって、RPFを作り、調達をし、システムを獲得しようとしている。だとすれば顧客の目的が達成できれば顧客は満足する。

そのように考えると、与えられた制約を一生懸命クリアする方法を考えるよりも、顧客のプロジェクトの目的を聞いたり、その背景にある悩みを聞いて、それを解消する方法を考えた方がよいかもしれない。

業務の複雑化がシステム導入の前提になっているようなプロジェクトでは、思い切って業務を単純化することによって利益を得るというような解決策が有効であることがある。


◆水平思考の事例

こんな事例がある。もう15年くらい前だが、ある中小の機械部品メーカが売り上げの増加ととにも品種が増加してきて、段取りが悪く、納期遅れが頻発し、品質問題が誘発され、利益率も下がってくるという問題を抱えていた。そこでシステム化によって生産管理の強化を行おうとしたプロジェクトを実施しようとした。SIベンダーに見積もりを依頼したが、とても折り合うような見積もりではなかった。そこでSIベンダーの行った提案は、

・受注品種を絞って利益率を上げる
・限られた品種の生産管理のシステム化により、コストダウンを行い、コスト低減を図る
・コスト低減により競争力を増し、顧客の開拓をする
・トータルで問題発生前の利益を回復する

というものだった。あとで聞いた話だが、このSIベンダーは当時の流行であった顧客の生涯価値の向上という戦略を掲げ、具体的な戦略として中小企業の成長を助け、売り上げを向上するという戦略を描いていたそうだ。現にこの機械部品メーカは、現在は最終製品も手がける準大手の機械メーカになっており、そのSIベンダーが独占的にSI案件を受注しているそうなので、見事に成功した例だった。

こういう考え方は水平思考と呼ばれるものだが、ビジョン実現のための戦略と整合のとれるプロジェクトビジョンが掲げられない場合には、水平思考が有効な場合が多いことは覚えておく価値があるだろう。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「プロジェクトマネジャー養成マガジン」や「プロジェクト&イノベーション(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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