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引き算はイノベーションの可能性を持っているが、「顧客の声」や「要求」などの壁が立ちふさがることが多い。通常、自分たちが提供しているものに何かを加えれば顧客にとってより魅力の大きいものになると考えるが、思い込みにすぎない

第9話 引き算によるイノベーション(2013.02.12)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人

◆加えることがイノベーション?

イノベーションは新しい製品や機能を提供するが、それは多くの場合、「加える」ことだと考える。自分たちが提供しているものに何かを加えれば顧客にとってより魅力の大きいものになると考えるが、思い込みにすぎない。

それは同時に、製品やシステムを複雑にし、価格を引き上げる。たとえば、携帯電話に代表される情報家電という分野を考えてみるとよく分かる。部品の原価は下がっているが、新しい機能を加えることにより価値を加え、製品価格を維持している。携帯電話が普及してからフラグシップモデルはほとんど価格が変わっていない。そして、ついにはガラパゴスケイタイ(ガラケー)と呼ばれる商品になっていった。

ガラケーになると、一部のマニアを除くと、顧客は新しい機能についてこれなくなる。携帯電話でいえば、故障し、買い換えた方が安い(と勧められた)ので新機種に買い換えてみたものの、その機種の売りの新しい機能は使わず、以前の機種で使っていた機能しか使わないといったことが起こるわけだ。

このように、加えるイノベーションによって、ユーザがついてこれないという現象は多くの分野のイノベーションで共通にみられる。

◆引き算のイノベーション

イノベーションはときとして、「引き算」であることが少なくない。昨年は日本でもLCCの元年となって、大変な人気を博しているが、ヨーロッパには1985年にLCCとして創業し、今ではヨーロッパ最大のLCCになったライアンエアーという会社がある。

ライアンエアーの創業者であるマイケル・オレアリーは、以下のような引き算により、LCCというイノベーションを起こした。

・旅行代理店をなくす
・チケットをなくす
・座席指定をなくす
・フリードリンク、フリーフードをなくす
・乗客の世話を最小限にする

実は、インターネットの時代に入ってから、引き算によるイノベーションは意外と多い。インターネットサービスの申し子ともいえるイーベイは、従来のオークションと比べると、顧客に在庫を持たせ、売買をさせ、発送をさせ、さらには売り手と買い手の評価まで行わせている。

◆アップルの伝説

商品では、日本のガラケーの対極にあるのがiPhoneだ。ガラケーが機能を加えに、加えているときに、iPhoneはほとんどの機能をすててしまった。iPhoneのイノベーションについてはいろいろな解釈ができるが、アプリケーションという形で切り離して、ユーザが必要な機能を自分のiPhoneにつけることができるという「メタな機能」を持たせたと解釈することもできる。このアークテクチャーがイノベーションなのかもしれない。あるいは、従来、Macというパソコンでやってきたの中で、モバイルコンピューティングで必要な機能だけを残し、電話機能のついた持ち運びできるコンピュータで行えるようになったとみれば、小型化こそがイノベーションだと言えるかもしれない。いずれにせよ、従来の携帯電話やPCがら引き算をすることによって、ユーザに受け入れられているわけだ。

このような例をみても、自分たちの商品やサービスをイノベーションしなくてはならない現実に直面したら、現在の商品から何を取り除けるか、製造や流通のプロセスから何を省けるかを考えてみるとよいだろう。

そこには、コストをかけず、よりシンプルな商品を顧客に提供できる方法のヒントがあるだろう。

◆引き算に立ちはだかる壁<

引き算はイノベーションの可能性を持っているが、引き算に立ちはだかる壁がある。それは、「顧客の声」や「要求」である。携帯電話にしても、家電製品にしても、設計者の趣味で、複雑になっているわけではない。むしろ、逆で、顧客の声を尊重した結果である。機能をなくそうとすると、それ使っているのだけどという顧客の声が聞こえてくるというわけだ。

顧客の声を聞くことが商品としての成功に結び付いているならよいが、残念ながら必ずしもそうとはいえない。顧客の声を実現しても、必ず、その商品を買ってくれるわけではなからだ。

実は顧客は自分の要求を超える商品を待っている。顧客の声を聞くより、顧客がついてきたくなるものを生み出すべきなのだ。これこそが既存の顧客をつなぎとめる方法でもある。この10年間の不況の中で、このような自信のある行動が見事に失われてきた。問題は、声を聞いて貰っている顧客も満足していないことで、結局、誰も満足していないのだ。

「顧客は何が欲しいか知らない」というのはジョブズの名言だが、そのような顧客の期待に応えるには、顧客をリスペクトしながらも、開発者の自己中心的な発想が不可欠である。その一つの方法が、ジョブズの「自分がユーザなら」という方法だ。この方法はジョブズの専売特許ではない。昔から新しいコンセプトの商品を開発するときに、自分が顧客であればどんな商品が欲しいかをゼロベースで考えるというのはよくやられてきた方法だ。


◆リードユーザとして自己チューになる

リードユーザという概念がある。MITビジネススクールのフォン・ヒッペル教授が示した概念で、その分野で一般のユーザーよりもはるかに先を行き、かつ、強いニーズをもった人たちのことである。おそらく、自社の利害を捨て去ることができれば、多くの開発者は自社商品の最高のリードユーザなのだ。リーンスタートアップで、顧客に学ぶ以上の効果があるだろう。

リードユーザとして、自己中心的なスタンスで開発をする。そこに引き算のイノベーションが生まれる余地がある。


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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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