前回、プロジェクトの成否は、人を動かせるかどうかにかかっている、と述べました。では、何が人を動かすのでしょうか?権限でしょうか。確かに権限は人を動かす要素のひとつです。プロジェクトリーダーのみなさんとお話ししていると、権限があればもっと人を動かせるのになあ、となることがときどきあります。ところが、権限は以前ほど有力な要素ではなくなってしまいました。組織でマネジャーになった方にうかがうと、マネジャーになったのに権限がないんだ、とおっしゃる方が少なくありません。部長に聞いてもそうです。役員になった方も、同じようにいわれます。先日ある大企業の社長経験者の方にこの件をたずねてみたところ、社長になってもそうなんですよ、と笑っておられました。「だから、社員とコミュニケーションをよくとって、モチベーションを高めてもらわなければならないのです。」 組織のトップであれば、相当な権限を持っているはず。ところが、もはや権限だけでは人が動かなくなっているのです。市場も技術も変化が早く、ますます複雑化を増している現在、上位者がすべてを知ることは不可能になってしまいました。上位者の優越性は減少し、上位者といえどもメンバーの専門能力に依存しなければならない。これが、権限だけで人が動かなくなった背景です。
(食品メーカーX社のプロダクトマネジャーCさんのケース)X社は、伝統的に企画主導で、マーケティング部の政策が一方的に現場に落ちていました。しかし製品が売れなければ、小売店からきつい一言をもらうのは、営業担当です。営業部のマーケティング部に対する不信感は長くくすぶり続け、営業担当者のモチベーションも高いとはいえません。X社で清涼飲料のプロダクトマネジャーを務めるCさんは、新製品についてのアイデアを収集するために、足繁く営業部隊に通っていました。Cさんの会社では、Cさんのように営業部隊とコミュニケーションを積極的にとろうとするプロダクトマネジャーは、珍しいのです。Cさんによると、最初は営業担当者の嫌みも聞かされたそうです。しかし、彼は一貫して営業の意見に耳を傾けるようにしました。するといろいろなアイデアが湧いてきます。「コンビニではどうしたら売りやすくなると思いますか?」「ボトルのデザインが重要なんだよ。コンビニのケースは高い位置にある。だから手に取ってみたくなるようなボトルである必要があるんだ」Cさんは次の日にはいくつかのボトルデザインのアイデアを持っていきました。「これだと、どうでしょうか?」このようなやりとりを経て、営業担当者のCさんに対する見方が変わってきます。「このプロマネは今までと違うな。こちらの話に真剣に耳を傾けてくれる」 こうして営業部門との信頼関係を築いたCさん。営業部門の意見を取り入れながら、新製品を企画しました。この製品の拡販には、営業部からこれまでにない販売努力を得ることができました。量販店、コンビニで、軒並み販促に成功。この製品は大ヒットを収めたのでした。
どのようなメカニズムで人は動くのか。「影響力の法則 現代組織を生き抜くバイブル」の著者、アラン・コーエンとデビッド・ブラッドフォード両博士によれば、"レシプロシティ"と"価値の交換"が人を動かす重要な要素です。
レシプロシティとは、「他者に対して何かをしてあげたら、見返りがあるはずだと期待する社会通念」のことです。社会通念ですから一種の思いこみです。人間関係の前提となる考え方といってもよいでしょう。このレシプロシティは、文化を超えて、時代を超えて、人間社会に普遍的な社会通念といわれています。もちろん、ビジネスにおける関係、私たちのプロジェクトにも、レシプロシティが働いています。人が何かをしてもらえばお返ししなければならない、と感じるのはそのためなのです。結果として、同僚に仕事を手伝ってもらったので、お返しに取引先についての情報を教えてあげる、といったことが起こってきます。
ここで重要なことは、相手が「何かをしてもらった」と感じることです。価値がない、うっとうしい、と思われていれば、期待した見返りはないでしょう。こちらが「してあげること」と「してもらうこと」が、概ね同じぐらいの価値があると感じられることが大切なのです。人を動かすということは、相手が価値あると感じる何かを差し出し、その見返りに動いてもらうことなのです。以下は職場でよく見られる価値の交換です。1)日頃から自分に協力的なSEのために、営業担当者が顧客との費用交渉に乗り出した 2)上司に励まされたり、上司からコーチを受ける機会が多い部下が、いつもより一層努力する 3)同僚から新しい技術情報を得たエンジニアが、同僚に自分の専門領域の情報を提供する。
Cさんは、営業担当者が社内で軽くあつかわれている、と思っていました。そこで、Cさんはこちらから歩みより、嫌みを聞ききながらも、営業担当者の話に耳を傾けました。すると営業担当者たちは、徐々に建設的な意見を述べるようになります。ここに大きな交換が見られます。次にCさんは、製品の企画に営業のアイデアを盛り込んだうえに、足繁く通うことによって、営業部門を尊重する姿勢を示しつづけました。これに対して営業担当者は、Cさんが企画した製品の拡販に力を注いだのです。Cさんは、営業部門を尊重することによって、自ら企画した製品の拡販に大きな力を得ることができたのです。
影響力を発揮する人は、このレシプロシティに敏感です。そして、「この人にお返ししなければ」と感じている人が多い人ほど、影響力が高いといえます。
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主催 プロジェクトマネジメントオフィス、PMAJ共催
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【カリキュラム】
1.ステークホルダーマネジメントとは何か
・ステークホルダーに動いてもらう
・ステークホルダー・エンゲージメント・マネジメント
2.ステークホルダーの特定・プロジェクトのパラメータ
・ステークホルダー・マトリクス
・ステークホルダー影響グリッド
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・(演習2)ステークホルダーリスト
3.影響力の法則(R) ・影響力とは何か?
・「カレンシーの交換」メカニズム
・ステークホルダーの目標を把握し、カレンシーを計画するステップを学ぶ
・(演習3)カレンシーを考える
4.概念的に考えて具体的に行動する・コンセプチュアルスキルとは
・本質を見極める
・洞察力を高める
5.ステークホルダーと良い関係を作る・WinWinの関係
・信頼を得る
・チームを結束させる
・(演習5)期待と要求のロールプレイ
6.まとめ
・(演習6)カレンシーを再考する
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高嶋 成豪 インフルエンス・テクノロジーLLC マネージング・パートナー
人材開発/組織開発コンサルタント。インフルエンス・テクノロジーLLC.マネージング・パートナー。ゼネラル・モーターズ、ジョンソン・エンド・ジョンソンなどで人材開発に従事。現在リーダーシップ、コミュニケーション、チームビルディング、キャリア開発のセミナーを実施し、年間約1000名の参加者にプログラムを提供している。ウィルソンラーニング・ワールドワイド社によるリーダーシッププログラム、LFG(Leading for Growth:原著はコーエン&ブラッドフォード両博士の共著“Power Up”)のマスター・トレーナー。2007年『影響力の法則 現代組織を生き抜くバイブル』(原題“Influence without Authority”)を邦訳。コーエン&ブラッドフォード両博士から指導を受け、「影響力の法則」セミナー日本語版を開発。日本で唯一の認定プロバイダー。筑波大大学院教育研究科修了 修士(カウンセリング) 日本心理学会会員 ISPI(the International Society for Performance Improvement)会員 フェリス女学院大学講師
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