【ソフトウエア開発プロジェクトにおけるベンダー組織内での対話シーン】
P M 「現在提案中のA社向けの業務管理システムは、予算も納期も非常に厳しいですね。普通にやっていては顧客目標を実現できないと思われます。」
営業課長「追加予算と納期をもらうか、仕様を削ることはできないのですか?」
P M 「要求については、いろいろな角度から質問してみましたが、今の仕様を削ることは難しそうですね。予算と納期も簡単には変更できないようです。」
営業課長「では、提案を辞退しますか。せっかくのチャンスで残念ですが・・・。」
P M 「一部の機能は、現在当社が自社製品として開発中のサービスを提案できそうですね。納期短縮とコストダウンになります。」
営業課長「他の機能も自社製品として開発できればなぁ。」
開発部長「それは検討してみる価値がありますね。A社さんが求めている機能を自社製品の標準サービスに組み込めないかどうかマーケティング部に相談してみましょう。ひょっとすると他のお客さんにも展開できるかもしれません。」
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ある調査によると、プロジェクトを成功させる最も重要な要因は、第一が「幹部の支援」で、第二が「ユーザの貢献」であるという結果になっています。この調査結果を、顧客からプロジェクトを受注して遂行するベンダーのプロジェクトチームにあてはめると、成功要因の第一は「自社の上位組織の支援」で、第二は「顧客の貢献」ということになります。
昨今の複雑化したプロジェクト環境において、プロジェクトチームの独力で成功に導くことができるプロジェクトは極めてまれです。特にプロジェクトチームに経営資源を提供している自社の上位組織の協力なしに、プロジェクトを成功に導くのは至難の業といえます。
しかしながら、上位組織の支援をうまく得ることができず、苦戦するベンダーのプロジェクトチームは少なくありません。上位組織からの命令や過剰管理により、プロジェクトの流れが妨げられてしまうこともあれば、上位組織の不作為によりプロジェクトチームが孤立無援になってしまうこともあります。
つまり、プロジェクトチームからしてみると自分達の上位組織は、同じ組織の仲間であるにも関わらずコンフリクト(衝突)が発生しやすいステークホルダーであることが少なくないのです。
ベンダーの上位組織から見るとプロジェクトチームは、自分たちの配下で自社の経営戦略や事業戦略に基づいて行動し、経営目標や事業目標を達成しようとしている現場組織に他なりません。
一方、顧客組織から見ると、ベンダーのプロジェクトチームは自社プロジェクトの一部であり、自分たちと同じプロジェクト目的を達成しようとしているパートナーです。(顧客からすれば、ベンダーの上位組織はプロジェクトの外部組織となります。
自分たちのプロジェクトの一部をコントロールしている重要なステークホルダーということがいえます。)
これをベンダーのプロジェクトチームから見ると、「ワンマン・ツーボス」の状態になります。この状態に次のような問題があるとプロジェクトの順調な遂行は困難になります。
・顧客のプロジェクト目的がプロジェクトチームの上位組織と共有されていない
・顧客のプロジェクト目標とプロジェクトチームの上位組織の事業目標に矛盾や対立がある
・上位組織の戦略が、プロジェクトチームには共有されていない
このような環境で、プロジェクトチームが上位組織の意向ばかりを重視して顧客プロジェクトの目的達成をないがしろにしてしまうと、顧客不満足を発生させ、顧客との信頼関係を失ってしまいます。
逆に、プロジェクトチームが顧客の意向ばかりを重視して上位組織の存在をないがしろにしてしまっては、必要な時に上位組織の支援を受けることができず、結局は顧客プロジェクトの成功に貢献できないという結果をもたらしてしまいます。
受注型プロジェクトは、顧客のプロジェクトとベンダーのプロジェクトとの両方として成功してこそ、真の成功であるといえます。
そうなると、成功の鍵を握るのは、やはりベンダーのプロジェクトチームの在り方です。なぜならプロジェクトチームこそが、顧客企業と自社企業の「連結ピン」だからです。
プロジェクトチームは、自社の上位組織の戦略を良く理解した上で、顧客のプロジェクト目的を把握し、自社の戦略と顧客のプロジェクト目的とのすり合わせを主導する必要があります。
そこには矛盾や価値観の対立や利害の対立があるかもしれません。このような場合は、上位組織と「対話」を重ねることでしか、矛盾や対立を乗り越えることはできません。そして、良質の「対話」を通じて、このような矛盾や対立を創造的に解消できれば、そこには上位組織のプロジェクトに対する支援、さらには革新的な戦略が生まれる可能性があるのです。
別の言い方をすると、自社の戦略を実行する際に、上位組織が策定した計画型・分析型の戦略に対してフィードバックを行い、新たな戦略を創発するのがプロジェクトチームにおける戦略上の最も重要な役割なのです。
そして、これを実行する能力こそが真の「現場力」です。つまり戦略的に最も重要な「現場力」とは、上位組織と「対話」を行うことのできる能力と言えるのです。
中村 文彦 オープンウィル代表 中小企業診断士
1962年生まれ。明治大学文学部卒。大手食品メーカーの戦略的物流システム開発プロジェクトにプログラマーとして従事した後、営業およびプロジェクトマネジメントを担当。その後、中堅情報サービス企業にて、経営管理全般および組織開発・人材開発を担当し、独立。また、NPO日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)に所属し、各種研究会やPMシンポジウムの企画・運営等のプロジェクトマネジメント推進活動に参加している。
中小企業診断士、経済産業省認定情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、上級システムアドミニストレータ)
著書『ITプロジェクを失敗させる方法 〜失敗要因分析と成功への鍵』ソフトリサーチセンター
本連載は終了していますが、PM養成マガジン購読にて、最新の関連記事を読むことができます。