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第6回 「対話(Dialogue)」による顧客目的の実現 (2008.10.28)

オープンウィル代表 中村 文彦


【スポーツウエア開発プロジェクトにおける顧客(選手)との対話シーン】

リーダー「今までうかがった要望を元にして、試作品をいくつか開発してみました。
    今日は実際に使用してみてご意見をお聞かせ下さい。」

選 手 「この試作品は、非常に着づらいですね。体が締め付けられて、窮屈です。この前の打ち合わせでは、もっと体が楽に動かせるように着心地の良いものを開発してくれと要望を出したはずですが、それがまったく実現できていませんね。いったいどうなっているのですか。」

リーダー「はい、確かに今試着して頂いている試作品は『着心地の良い』ものではありません。その点では、要望を満たせていないのは事実です。」

選 手 「それでは困るなぁ。」

リーダー「もっと体を楽に動かせるようにした『着心地の良い』試作品も持参していますので、是非それぞれを着て試して頂きたいと思っています。」

選 手 「この着心地の悪い試作品は、わざわざ作ったということですね。何か意味があるのですか。」

リーダー「はい、その試作品は画期的なタイムを出せる可能性を秘めていると我々は考えています。『着心地の良い』という要望は満たしてはいませんが、『勝つ』ことのできる試作品です。」

選 手 「ほぉ、それは興味深い。もう少し詳しく説明してもらえますか。」

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 どのようなプロジェクトであれ、ほとんどのプロジェクトには顧客に該当する存在があるはずです。多くのプロジェクトには複数の目的がありますが、最も重要な目的は、何よりも顧客の目的を実現することにあると考えられます。
 多くのプロジェクトチームは、予算やスケジュールや資源の制約といった条件の中で、できる限り顧客の要求事項をかなえようと努力していることでしょう。
 顧客の要求事項を正しく理解するために、さまざまな角度から質問したり資料やデータを要求したり、また自分たちの把握が正しいかどうかを確認するために、さまざまな方法を駆使して、自分たちの理解を表現したりしています。
 このような行動様式は、顧客目的を達成するための必要条件といえます。
 しかし、顧客の要求事項を完璧に満たすことができたとしても、顧客の目的を実現できない場合があります。なぜならプロジェクトチームに対する顧客の要求事項は、その目的を達成するための顧客なりの「仮説」であって「正解」ではないからです。

 「仮説」である以上、それは時に間違っていることもあります。そして、それが間違っている場合はプロジェクトを失敗に導いてしまうこともあります。それは、例えば次のような場合です。
 ・顧客が自分自身の潜在的なニーズに気がついていない場合は、要求事項を満たしても顧客目的の実現に対して不十分な成果しか生まれない。
 ・過去の成功体験等により顧客に強い思い込みがある場合は、目的を実現するために更に成果の上がる方法があっても、それに気づくことができない。
 ・顧客に経験不足や専門性の低さがある場合は、顧客要求のとおり(いいなり)でプロジェクトを進めてしまうと、失敗する可能性が高くなる。
 ・顧客内部で目的やその優先度が共有されていない場合は、本来はそれほど重要でない要求事項の優先度が高くなったり、要求事項がふくらんだりする。

 つまり、顧客は神様ではなく人間なのです。人間である以上、間違いもすれば、判断を誤ることもあります。顧客を中心にしてプロジェクトを進めることは、プロジェクトチームにとって最も重要なことといえますが、それは顧客を神様扱いすることではありません。
 プロジェクトチームの「顧客の要求事項を実現しさえすれば良い」、「顧客の言うとおりに進めていけば良い」という行動様式は、本気でプロジェクトを成功させようと考えているのであれば、正しい在り方ではありません。

 プロジェクトチームの持つ専門性や立場からでないと分からないこともたくさんあります。プロジェクトチームは、顧客目的や顧客要求事項をちゃんと理解した上で、自分たちなりの「仮説」を持つ必要があります。そして、「仮説」を保留した上で、顧客との対話を通じて顧客の目的をどう実現するかを共に考える必要があります。
 もちろんプロジェクトによっては、顧客の仮説が圧倒的に正しい場合もあるでしょう。しかしそのようなケースでもプロジェクトチームなりの仮説をもって対話をすることで、顧客の要求事項をより深く理解できたり、顧客が自分自身の潜在ニーズに気づいたり、強い思い込みの束縛から抜け出せたりすることにつながるのです。
 そして時には、顧客とプロジェクトチームの対話により、まったく新しい優れた価値が創造されることもあるのです。

著者紹介

中村 文彦    オープンウィル代表 中小企業診断士

1962年生まれ。明治大学文学部卒。大手食品メーカーの戦略的物流システム開発プロジェクトにプログラマーとして従事した後、営業およびプロジェクトマネジメントを担当。その後、中堅情報サービス企業にて、経営管理全般および組織開発・人材開発を担当し、独立。また、NPO日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)に所属し、各種研究会やPMシンポジウムの企画・運営等のプロジェクトマネジメント推進活動に参加している。
中小企業診断士、経済産業省認定情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、上級システムアドミニストレータ)
著書『ITプロジェクを失敗させる方法 〜失敗要因分析と成功への鍵』ソフトリサーチセンター

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