【リスクの洗い出しにおける対話シーン】
司会者 「これからX社向け業務管理システム開発プロジェクトのリスクについて打合せをしたいと思います。最初はブレーンストーミング的にリスクの洗い出しをしたいと思いますが、いかがでしょうか?」
参加者A「賛成です。」
司会者 「他の方々も異議ありませんね。では始めます。これからの時間はマイナス思考を歓迎します。できるだけ後ろ向きな発言をお願いしますね。(笑)なお、本日の書記役はBさんにお願いしています。彼はファシリテーション・グラフィックの研修を受けたので、今日はその腕試しだそうです。」
参加者B「皆さんの発言は、私がどんどんホワイトボードに書き出して見える化します。私に遠慮なくドンドン発言して下さい。(笑)」
司会者 「と言っても、直ぐには思いつかないかもしれないので、手元にお配りしたチェックシートの切り口を利用しましょう。まずは『顧客』の項目をご覧下さい。この項目を見て、今回のプロジェクトに該当しそうなものや、そこから何か思いつくようなリスクはありませんか?」
参加者C「私は、まず第一に『経営者』のところが気になりますね。」
司会者 「『経営者』のところですね。何が気になりますか?」
参加者C「X社の社長は、どちらかと言えばワンマンな方なのですが、今回のプロジェクトも社長の指示でスタートしています。しかし、現場の方々にはやらされ感があるようで、社長の考えがどのくらい伝わっているのか、また現場の状況を社長がどのくらい把握しているのかが心配です。」
司会者 「なるほど、それは確かに心配ですね。他にも何かありますか?」
* * * * * * * * *
昨今のプロジェクトには不確実性と複雑性が増しています。また人的要素の多いプロジェクトにおいては、その生産性に大きなバラツキが発生します。このようなプロジェクトを成功に導くために、以前にも増してリスクマネジネメントの重要性が増しています。リスクマネジメントの能力を向上することは組織や個人にとって大きなテーマになっています。
しかし、リスクマネジメントを行うのは簡単ではありません。特に難しいのが、リスクの洗い出しから対策に至るプロセスです。このプロセスを困難にしている要因には次ぎのようなものがあります
・リスクを口にすることが後ろ向きの行動様式と捉える文化やムードがある。
・対策が容易ではないリスクを表ざたにしていけない不文律がある。
・担当者の経験不足により、そもそもリスクを洗い出せない。
・特定の人や限られた人で行うと多角的な視点が欠けてしまう。
・過去の体験がナレッジとして組織や個人に蓄積されていない。
・リスク分析の手法が個人任せになっており体系的な手法が導入されていない。
・プロジェクトチームでは対応できないリスクが、顧客や上位組織に報告・相談さ
れず放置されてしまう。
・リスク分析の結果や対策が、関係者間で深く共有されていないためリスクの対応
に遅れが生じる。
・リスクに対する意思決定が共有されてないため合意性・納得性に欠ける。
これらの課題に対応するための取り組みの一つとして「リスク・チェックシート」があります。優れたチェックシートには先達の経験がナレッジとして体系化されており、上記のプロセスにおいて極めて有効なツールとなります。
ただ注意しなければならないのは、チェックシートは上手く運用しないと形式的・表面的になりがちだということです。リスクチェックを単なる作業にしてしまっては先達の叡智に触れることはできません。リスクの洗い出しや分析する際には、そのプロジェクトの状況や環境に即して自分達の頭で考えることが必要です。チェックシートはあくまで思考の切り口として利用することが大切です。
上記プロセスの課題に対応するには、リスクについてプロジェクト関係者でじっくりと話し合うことが有効です。対話を通じてリスクを洗い出し、衆知を集めて分析したり対策を練ったりする場をつくることが重要なのです。場づくりのポイントは次のとおりです。
・リスクを洗い出す際には、マイナス思考を歓迎し後ろ向きな発言を容認する。
・質問や問いかけにより、参加者の頭脳を活性化させる。
・ホワイトボードや模造紙などを使って、話し合いの「見える化」を行う。
このような場づくりをした上で実施した対話によるリスクマネジメントには次のような効果があります。
・他者の発言や質問に触発されることで、一人で考えていては気がつかなかったリスクを洗い出せる。
・複数の人の経験や意見が対話により結びつき、より高次元のリスク対策が生み出される可能性が高くなる。
・皆で話し合うことで各人の暗黙知が共同化され、参加者全員のリスクマネジメント能力を向上させることができる。
・リスクチェックシートを眺めながら話し合うことで、チェックシートに込められた先達のナレッジを深く理解することができるようになる。
・自分達では対応できないリスクに対して、顧客や上位組織に相談することを明確な課題として管理することができる。
・リスクについて関係者間で共有できるので、リスクに対して先手の対応ができるようになる。
・リスクに対する意思決定に対して合意形成が生まれ、納得感が高くなる。
中村 文彦 オープンウィル代表 中小企業診断士
1962年生まれ。明治大学文学部卒。大手食品メーカーの戦略的物流システム開発プロジェクトにプログラマーとして従事した後、営業およびプロジェクトマネジメントを担当。その後、中堅情報サービス企業にて、経営管理全般および組織開発・人材開発を担当し、独立。また、NPO日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)に所属し、各種研究会やPMシンポジウムの企画・運営等のプロジェクトマネジメント推進活動に参加している。
中小企業診断士、経済産業省認定情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、上級システムアドミニストレータ)
著書『ITプロジェクを失敗させる方法 〜失敗要因分析と成功への鍵』ソフトリサーチセンター
本連載は終了していますが、PM養成マガジン購読にて、最新の関連記事を読むことができます。