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事実や理由を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力がネガティヴ・ケイパビリティである

雑談2:パーパスを描き、不確実な状態に耐え、希望を見出す(2020.05.25)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人

◆ネガティヴ・ケイパビリティとは

最近、注目され始めている概念に、「ネガティブ・ケイパビリティ」という概念があります。例えば、この記事の参考資料に上げている帚木蓬生さんの書籍はアマゾンの売れ筋でずっと3桁に入っています。

この概念はもともと、19世紀に詩人であるジョン・キーツが発見したものです。キーツがこの概念を生み出した背景には、以下のような詩人観があったとされます。

「詩人はアイデンティティをもたない。詩人は常にアイデンティティを求めながらも至らず、代わりに何かほかの物体を満たす」

つまり、詩人にはアイデンシティがなく、それを必死に模索するなかで物事の本質に到達する。その宙吊り状態を支える力こそがネガティヴ・ケイパビリティである、すなわち

「事実や理由を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力がネガティヴ・ケイパビリティである」

と指摘しました。

そして、この概念を第二次世界大戦に従事した精神科医ウィルフレッド・ビオンが精神医学の世界に持ち込みます。ビオンは

「精神医療においては精神以外では先の見えない患者に寄り添い続け、「いつか治るだろう」と耐え続ける必要がある。このため、生身の人と人が接する精神療法の場において、治療者が保持し続けなければならないのがネガティヴ・ケイパビリティである」

と説きました。

さらに、

「精神療法は「記憶」「欲望」「理解」のないところでこそ最も効果を発揮する。従って、自分の知識を頭のなかから消し去り、「患者をこうしたい」という欲望にとらわれず、我田引水のように患者を理解しようとしない。生まれたての赤子のように新鮮な心で、目の前の患者に接し、謙虚に耳を澄ますところから始めよ」

と述べています。

すなわち、ネガティブ・ケイパビリティゆえに、治療者は自分の特定の視点を離れて患者の心のひだに深く立ち入り、より高い次元で患者を理解し、精神療法の効果を最大限に発揮できると認識されるに至っています。

このような概念に対して、帚木さんはネガティブ・ケイパビリティは人間の本能に反する行為であると考えました。すなわち、人間は複雑なものをそのまま受け入れられずに、単純化やマニュアル化をしてしまう。答えがないものや、マニュアル化できないものは最初から排除しようとするという考えです。

一方で、このようにすると、理解がごく小さな次元にとどまり、より高い次元まで発展しません。その「理解」が仮のものであった場合、悲劇はさらに深刻になると考えます。だからこそ、宙ぶらりんな状態に耐えた先に、必ず深い発展的な理解が待ち受けていると確信し、耐えていく持続力を生み出すネガティブ・ケーパビリティが重要だと説いています。

これこそ、ネガティブ・ケイパビリティの本質だと考えられます。


◆混乱するコロナ問題への対処

「事実や理由を拙速に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑のなかにいられる能力」

というネガティブ・ケイパビリティ能力が必要になっているというのがコロナ問題の中で感じていることです。

コロナの問題を何とか問題解決しようとして、さまざまな識者が、メディアでさまざまな意見を述べています。しかし、これでいけるという意見は出てきません。部分的には、さまざまな解決策も実現されていますが、本当に解決策になっているかどうかは不透明なままです。

その理由を考えてみると、問題の複雑さにあるように感じます。感染との闘いの目的ははっきりしています。人の命を守ることです。これは共有されているでしょう。さらに、命を守るために実現しなくてはならないこととして

(1)感染を防ぐこと
(2)社会生活や経済を維持すること

の2つの条件があるというのも共有されているように思います。また、この2つが両立するものではないというのもある程度共有されているように感じます。

しかし、そのために何をどうすればよいかという点に関して、実にさまざまな意見があります。どうもいろいろと見ていると、立場の違いによってバランスが違うようです。

例えば、医療関係者は(1)を重視し、経済的な識者は(2)を重視している傾向があるように感じます。人間は自分の立場を重視するというのはある意味で当たり前です。

なので、このバランスを取るのは政治の責任であるという意見も少なくありません。特に、政治に関連のある識者に多い意見です。


◆システムとして捉える

このように意見が分かれる理由は、この問題がシステムとして非常に複雑性が高く、不確実性が高いVUCAな問題に対して、目先の利益を求めた答えを出したがっているからだと思われます。少し単純化すれば、医療関係者が主張しているのは

「感染を防がないと医療が崩壊し、コロナによる死者以外に他の病気の死者も増える」

というロジックであり、ビジネスの識者が主張しているのは

「経済が停滞すると企業倒産が増え、社会が崩壊し、自殺者が増える」

というロジックです。

ところがこの2つの条件はいくつかの点で結びついており、おそらく、そのどこが壊れても人の命を守るという目的が果たせなくなります。その意味で、全体をシステムとして捉えることが必要です。自分たちのロジックに、申し訳程度に別の視点ももちろん必要ですと付け加えたのではあきらかに不十分です。

ところがシステムとして捉えることは非常に難しいのが現状です。

その理由の一つは、縦割りにあります。(1)と(2)のトップは厚生労働省と経済産業省です。さらに、財政問題に財務省があり、学校の問題は文部科学省、テレワークについては総務省などが絡んでいて、根本的に利害観関係の対立があり、内閣が利害関係と調整しきれていないように見えます。このような理由でトレードオフでバランスを取るという問題解決により、適切なバランスが生み出されるとは思えません。


◆パーパスを描き、不確実な状態に耐え、希望を見出す

ただ、問題の本質は、縦割りとは別のところにあると考えられます。それは、見ているところの問題です。コロナの問題は今のところ正解がないVUCAな問題です。少しずつ解明されているとはいえ、どうすればコロナを乗り越えられるかまったく分かっていません。

その中で人間の命を守ることが目的だということで、なんでもやろう、やらないよりはよいという発想で試行錯誤するのはいいのですが、それだけで乗り切れるとは思いません。

この問題に対処するには、目的の向こうにパーパス(存在意義)が必要です。そのパーパスは、コロナが終息したあとにみんながどのように社会に役立ち、どのように生活しているかを描いた未来です。

政治はコロナが終息すればV字回復をさせる。そのためにはできるだけ影響を抑える必要があるとしています。V字回復というのが何をイメージしているのかはわかりませんが、おそらく元の状態に戻すということです。しかし、コロナの前と同じパラダイムに戻るとは考えにくいものがあります。

一つ例を挙げれば、製造業のやり方です。製造業においては、戦後、垂直統合から、水平統合に徐々にパラダイムを変えていき、生産拠点をグローバル化していきます。それが世界的な感染の拡大でビジネスの停滞に直結しています。部品の調達ができないからです。

感染症はいつでも避けることができない事態だという認識が広まっていますので、このような経験を経て、もう一度、水平統合に戻ろうとは思わないでしょう。

すると、水平統合に変わる新しいパラダイムが必要になります。そして、その中で人がどういう役割を果たすかを示すことが必要です。

このように、いまは変えられないとしても、その不確実な状態に努力して耐え、未来像をパーパスとして描き、希望を見いだしていく。それがネガティブ・ケイパビリティの役割に他なりません。

【参考資料】
帚木蓬生「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」、朝日新聞社(2017)


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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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