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コンセプチュアルなプロジェクトマネジメントでは、目標の達成よりもコンセプトの実現を重視し、統合的にマネジメントする

第36回(最終回)コンセプチュアルな統合マネジメント(2019.04.12)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


☆これまでの記事

第34回 統合マネジメント
第35回 コンセプトを中核にプロジェクトを統合的にマネジメントする

(第35回から続く)

[ストーリー2]

バックのコミュニティを中心に展開するという方針は幸いにも鞄の販売担当者も興味を持ってくれ、その方針で進めていくことになった。
そして、プロトタイプが完成し、いよいよ、テストに入った。2週間のテストを行った後に振返りで、リーダー藤田、営業の芦田、コンサルタントの徳田、管理部門の田中部長以外に、ファシリテータのリーダーを務める浜田といった主要メンバーが集まった。

「プロトタイプによるテストを初めて2週間になりますが、どんな感じでしょう。浜田さん、いかがですか。」

と藤田が切り出す。

「なかなか難しいですね。今回、プロトタイピングに参加している人は、うちの古くからのお客さんが多く、商品については知り尽くしているのですが、なかなか、うまく発言を引き出せません。」

と浜田。これを聞いた芦田が

「ちょっと具体的な展開を紹介してくれませんか。」

と言った。浜田は「はい」と答え、話を始めた。

「最終的にうちの人気ナンバーワンの「雅」シリーズの商品を紹介したくて、「京都の雰囲気を醸し出そうと思えば、どんなファッションがいいでしょう」と話題を投げました。
すると、いきなり、うちの雅のバックや小物を挙げてくる人はいたのですが、どうも楽しく情報交換するといった感じではありませんでした。
そこで、「その商品をどう使うと京都っぽくなりますか」という質問をしたところ、対話が止まってしまいました。たぶん、「雅」を持つだけで京都っぽくなるという風に考えているのだと思います。」

「なるほど、よく分かります。スケジュール的には1ヶ月のテスト期間を取っていますが、なんとかなりそうですか」と芦田。

「ちょっと厳しいかもしれませんね」と浜田。

「コンセプトの中で口コミはもっとも重要なところですから、スケジュールの見直しなども含めてどうするか考えましょう。」

と藤田がやり取りを拾った。

「まず、浜田さんにお聞きしたいのはどのようにやっているかですね。ファシリテーションのマニュアル的なものはあるのですか。」

と尋ねた。

「いえ、ありません。一応、紹介したい商品と話題の投げかけのリストは作ることにしていますが、あとはそれぞれのファシリテータが自分の感覚で進めています。」

と浜田。

「ファシリテーションをマニュアル化するのは難しそうですか。」

と藤田。

「考えたことがなかったので何ともいえませんが、自分の頭の中でやっていることを考えるとできなくはないと思います。」

という浜田の返事を受けて、

「じゃあ、ちょっとこの場であらすじを作ってみましょうか。」

と言ってホワイトボードに書きだした。

30分ほど、みんなで議論し、なんとか参加者の発言を引き出せるファシリテーションのルールを考えたところで、

「じゃあ、とりあえず1週間、これでやってみましょう。1週間後にその振り返りのミーティングをするということでいいですか。」

と藤田がミーティングを閉めた。

1週間後、再び同じメンバーが集まり、浜田からの報告を受けた。

「ずいぶん状況が改善されました。いきなり商品に行かずに、それぞれの参加者が自分のイメージしているバックを念頭においた話をしてくれているように思います。問題はうちの商品の切り出しのところですが、いくつかのパターンをきっかけにすることができそうです。まだ、あと10日くらいテスト期間がありますので、その間に整理できると思います。」

これを聞いた藤田は、

「それは良かった。ところで、ファシリテータは当初5名体制だと聞いていますが、浜田さんと松本さんはいいとしてあと3名はどうするのでしょう」

と尋ねる。浜田は

「担当者は決めていますが、実際にやってもらうのはファシリテーションの方法が決まってからにすることにしています。もうそろそろ、始めてもいいと思いますが、今のスケジュールだとテスト期間のうちに独り立ちするのは難しいそうですね」

と答えた。これに対して藤田は、

「前回も言ったけど、ファシリテータはコンセプトを実現するのに不可欠の存在です。場合によっては仕組みの提供開始を遅らせてでも万全の体制で始めたいと考えていますが、大丈夫ですか。」

と訊いた。

「万全ですか、厳しいですね。ただ、結局、マニュアルに書いてあることを覚えたら後は、経験してユーザに育ててもらう部分が多いことがこの3週間の経験で分かりましたので、見切り発車してもよいのではないかとも思います。それからこの試みがうまく行ってファシリテータを増やすときには同じ問題が出てくるわけですので。」

なるほどと思いながら頷く藤田を見ながら芦田が、

「プロジェクトの期間に対する見方を変えてはどうですか。まだまだ、仕組みとしての成長の余地がありそうですし、変更が必要なこともあるでしょうから、たとえばこれから試行期間のような名目で、あと半年プロジェクト期間を延ばして、その期間はそれなりにプロジェクト体制を維持していくというのはどうでしょう。」

「私も賛成ですが、そのような提案をしたときに、誰がどのように言い出すか、よく考えてみる必要がありそうですね。」

と田中部長。

「まず、社長はどうでしょう。」

「実質的には仕組みを運用しているし、実際問題としてモールにも繋がっているので、反対する人はいないんじゃないでしょうか。」

と芦田。

「社長なんかはむしろ、喜びそうな気がしますが。」

「私もそう思います。もし特に反対の方がいなければ、とりあえず今日はその方向でいくことに決めて、早急に新しい計画を作ってみます。ステークホルダーへの対応は計画とともに検討しましょう。」

と藤田が言い、全員がうなずいた。

[ストーリー2 終わり]

すでに述べたようにコンセプチュアルなプロジェクトマネジメントでは、目標の達成よりもコンセプトの実現を重視します。そのため、上のようにプロジェクトの期間を半年間延期するといった判断がなされます。ここで注意してほしいのは、この判断は必ずしもロジックだけで行われているものではないことです。

では、このような判断はどのようにして行われるのでしょうか?ここで思い出してほしいのが、第7回〜第12回で述べたコンセプチュアル思考の軸です。特に、

・主観と客観
・大局と分析
・長期と短期

の3つの軸を活用しています。ファシリテータの問題で考えてみましょう。各軸で考えたい問いは下図の軸と視点です。まず、ファシリテーションこそ、今回のコンセプト実現の鍵を握ると考えたのは、主観です。あるいは直観だといってもよいかもしれません。それを客観的に考えてみれば、確かに多くの人が賛成するでしょう。これが主観と客観の軸を使った思考です。

さらに、ここに合わさるのが長期と短期の視点です。この仕組みは5年、10年と使って成長させていくことになります。10年後にも使える仕組みにするには、やはりファシリテーションが重要な役割を果たします。また。短期的に考えても立上げを成功させ、仕組みを世の中に認知させるためには適切なファシリテーションが不可欠だと言えます。これはかなり論理的な判断でもあり、長期と短期の軸以外に直観と論理の軸も絡んでいることが分かります。

そのように考え、仕組み全体としてみるとプロジェクト期間を延ばして、ファシリテーションを当事者だけではなく、プロジェクトとして支援することが重要だと考えることができますので、プロジェクト期間を延ばそうという判断になったわけです。
このようにコンセプトを実現しようとすると曖昧さ(よく言えば、自由度)が残るため、論理だけでは考えられないわけです。これがコンセプチュアル思考の本質だと言
えます。

◆終わりに

全36回に渡り、コンセプト力を活かしてプロジェクトマネジメントを行う方法についてお話しました。前半ではコンセプト力とはどのようなものかを、コンセプトとコンセプチュアル思考を中心に説明し、後半でそれらを活かしたプロジェクトマネジメントをどのように行うことができるかを説明しました。

PMBOK(R)の動向をみても分かりますように、われわれが取り組むプロジェクトも性格が変わりつつあります。以前は大規模なプロジェクトが中心で、如何に早い段階ですべきことを決めるかが問題でしたが、今はやりながら決めていかなくてはならないイノベーティブなプロジェクトが増えています。この変化に対応するためにアジャイルプロジェクトマネジメントが普及していますが、より広い視点でアジャイルを実行するには本連載で解説したコンセプト力が不可欠だと言えます。

本連載が、これからの新しいタイプのプロジェクトのマネジメントに役立つことを願っています。また、参考文献に挙げた著者の書いたコンセプチュアル思考の書籍が出版されましたので、併せて読んでいただくと本連載の特に前半部分についてはより理解が深まると思います。こちらもよろしくお願いします。

【参考文献】
好川哲人「コンセプチュアル思考」、日本経済新聞社(2017)


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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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