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第32話:洞察する(2011/09/12)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆コンセプチュアルワークは洞察で行き詰る

「洞察」という概念があります。辞書では

物事を観察して、その本質や、奥底にあるものを見抜くこと。見通すこと。

と説明されています。この説明からも分かるようにやっかいな概念です。戦略策定、シナリオ作成、プロジェクトの目的を考えるなど、洞察の必要なコンセプチュアルワークが行き詰るときは、大抵、洞察で行き詰ります。

洞察できないと起こる状況は割とはっきりしています。「浅い」ということです。

商品開発やプロジェクト、新規事業などの企画プレゼンを聞いていると、筋は通っているのだが、浅いと感じることがよくあります。そんな企画は、たいてい失敗します。

逆に、仕組みを作る立場になりますと、「ここは洞察で」としか、説明のしようがないことがよくあります。


◆正解がないことを呑み込めない人

この問題の一つの側面は、正しいものの見方や考え方をすることはそんなに簡単なことではありませんし、そもそも、「正しい」というのが何を意味しているのか、そん
なに簡単に定義できるものもないことです。この2つを前提にして考える必要があります。

マネジメントには正解がないといっても、なかなか、呑み込めない人がいます。この人たちはたいていは、正しいと言える方法はないというのは理解しています。つまり、
方法Aも方法Bもあることは理解しています。ところが、正しいことが意味するものが定義しにくいことを見落としている人が少なくありません。

すると、個人の意思決定、つまり、自分自身がAを選ぶか、Bを選ぶかの問題だと考えてしまいます。最終的にはそういう意志決定に帰着しますが、重要なことは「正しい」ことの定義は個人がするものではなく、組織や社会、つまりステークホルダがそれぞれでするということです。Aが正しいか、Bが正しいかを考えるときに、そもそも、「正しい」とはどういうことなのかを考える必要があります。


◆あなたがマネジャーで部下を昇進させる

たとえば、あなたはマネジャーだったとします。2人の部下のうちのどちらを昇進させるかで悩んでいます。Aさんは今のところ実績抜群ですが、人望に問題があり、この先、部下を使って大きなプロジェクトを取り纏めていけるかどうかが不安です。Bさんは実績はそこそこですが、Bさんを慕っている部下が多く、大きな仕事になると部下が戦力になってくれることが期待できます。

最終的にはあなたが決める問題ですが、何を正しいとするかによって、判断は違ってきます。その定義によっては、あなたの上司は賛成してくれても、人事権を持つ人事部は反対するかもしれませんし、取引先がどう感じるかも微妙です。

そう考えると、正しいという意味は限りなく多様です。ここを見落とすと、結果として不適切な人事になってしまいます。商品だと、売れない商品になってしまうわけです。


◆組織の洞察力

そんなことはない、社会はともかく、組織としては「正しい」ことにコンセンサスがあると思う人もいらっしゃると思います。そのとおりです。プロジェクトを始めるときには、成功基準を合意してから始めます。ところが、そのプロジェクト先には、やはり、顧客や市場があり、それらの正しいことの定義が問題になってきます。それに対して、組織として適切な答えを出せるかどうか、つまり、「組織としての洞察力」が問われます。集合知と呼ばれるものです。

この議論は結構重要な議論です。たとえば、IT企業であれば、洞察力の先にあるものの一つは顧客満足です。ところが多くのITプロジェクトが顧客満足のために行っていることは、洞察ではなく、ヒヤリングです。これでは、「浅い」顧客満足しか得られません。浅い顧客満足は顧客ロイヤリティにはつながらず、奴隷状態を生み出すだけです。


◆京都大学・中西輝政先生の指摘

僕の尊敬する京都大学の中西輝政先生が、『本質を見抜く「考え方」』(サンマーク出版)という本の中で、こんなことを言われています。

正しいものの見方や考え方というのは、できるだけいろいろな立場や視点からものごとに光を当て、曇った眼鏡や色眼鏡、歪んだレンズでものごとを見ないようにすることから始まるということです

そのために何が大切か、誰の目にも明らかのは、すでに出来上がっている他人の考えに染まらないで、「自分の頭で考える」ということです。

といわれても、周囲は自分が考え抜くまで待ってくれないといいたくなる人も少なくないと思います。これもそのとおりだと思います。この問題は正面から取り組む必要があります。


◆答えのでない状態に耐える

中西先生の著書の中に、「間接アプローチ」で有名なイギリスの戦略思想家「リデル・ハート」の言葉が紹介されています。

ものごとがいずれにも決しない状態に耐えるのはとてもつらいことである。そのつらさに耐えかねて、「死に至る道」に逃げ道を求めようとするものは国家にも個人にもあった。しかし、このつらい「宙ぶらりん」の状態に耐えることこそ、可能性の明確ではない勝利の幻想を追い求め、国家を灰塵に帰せしめるよりは、はるかに優れた選択なのだと銘記すべきである

プロジェクトはデッドラインがあります。したがって、余計に答えが出せないことに耐えられず、答えが出るまでに動こうとします。そして、そこには「死に至る道」の行進(デスマーチ)が待っています。

みんなが納得できる判断のために、みんながしばらく答えがでないことに耐えるべきなのです。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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