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第153話:変わり始めたナレッジワーカーの仕事(2019/07/10)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆ナレッジワーカーの仕事

ナレッジワーカーという人材の概念がある。ナレッジ(知識)とワーカー(労働者)を組み合わせた造語で、日本語では知識労働者とも呼ばれる。40年以上前に、ピーター・ドラッカーが提唱した概念だとされている。

ドラッカーがナレッジワーカーと呼んでいるのは、知識による経済活動を根本から支える高度な専門知識をもつ労働者のことだ。一般的な認識としては、専門知識を使って問題解決をすることによって、新しい価値を生み出すことにもっとも大きな役割であり、さまざまな分野で知識を使った問題解決する仕事をしてきた。あるいは、問題状況において課題を見つけ出し、解決することを仕事としてきた。

しかし、ここにきてナレッジワーカーの仕事が変わり始めているように見える。役割が変わってきたといってもよいような大きな変化が起ころうとしている。今回のPMスタイル考はこの話をしてみたい。


◆解決すべき問題がなくなってきた

長い間ナレッジワーカーに求められてきたのは問題解決だった。ナレッジワーカーの能力は問題解決力で評価されていた。つまり、「不満」、「不安」、「不便」、「不足」といった「問題」があり、それを解決することが価値の創造につながっていた。
しかし、いま、この傾向が変わりつつある。それは、企業にしろ、生活にしろ、目先で解決しなくてはならない問題はなくなってきたからだ。

例えば、移動手段を考えてみよう。100年以上前は馬車だったが、不便であり、自動車が生み出された。そして、高くて一部の人しか手に入れられないといった「不満」、操縦しにくいといった「不便」などを解決し、自動車はどんどん便利になり、進化して今の状況がある。

しかし、この10年くらいを見ると、自動車に関する問題というのはほとんどないのではと感じる。動力源はガソリンから電気に代わってきているが、本質的な問題を解決するために電気自動車が開発されたわけではない。著者の感覚でいえば、15年から20年くらい、乗っている自動車に目立った進化はないように感じている。デザインこそ違うが、性能的にも10年前のもので十分だし、燃費(コスト)的にも十分だ。それでも新しい自動車は登場してくるのだが、何か大きな問題を解決したものではなくなっている。

いずれにしても解かなくてはならない問題が減ってきている。残っているのは社会的な問題で、大きな問題がほとんどだ。自動車でいえば、自動運転車を開発するということがどういうことかを考えてみると、個々の運転者の安全性を高めるとか、消費者が欲しがっている機能を提供するというよりは、交通システムの安全性を高めるという社会的な問題解決の方が大きい。


◆問題がない時代のナレッジワーカーの仕事

問題が減ってくれば、ナレッジワーカーに要求されるものは問題解決ではなくなってくる。ナレッジワーカーがしいて価値を生み出すような問題はないからだ。では何をするかという問題になってくる。

ちょっと脱線するが、20年くらい前から、「正解は一つではない」とか言われるようになり、問題解決の意味合いが少し変わってきた。すなわち、クイズのように正解を求める仕事ではなく、いくつかの選択肢を考え、選んでいくことが問題解決になってきた。

今は「正解のない」時代だと言われるが、正解がないということを前者、つまり唯一の答えがないという風に受け止めている人は少なくない。しかし、これは間違いで、正解がない時代とは文字通り正解がない時代なのだ。つまり、何かをすればうまくいくという「何か」がすでにないのだ。誤解を恐れずにいえば、正解がないということは、問題がないことだといってもよいだろう。

このような状況においては、潜在的、あるいは顕在的に問題があり、それを解決するという仕事は重要性が小さくなってくる。もちろん、局面、局面で問題解決は必要なのだが、さほど重要な仕事ではない。


◆ナレッジワーカーの役割は問題を創ること

ちょっと脱線するが、ここで一つ気をつける必要があるのは、問題解決は経験による専門知識だけではできない可能性がある。

いわゆるVUCAという状況だからだ。VUCAは

「Volatility」(変動が激しく不安定)
「Uncertainty」(不確実性が高い)
「Complexity」(複雑である)
「Ambiguity」(曖昧である)

の略語で、もともと米国の陸軍が「予測不能な情勢」を表現するために作り出した言葉だとされる。VUCAな状況においては、経験が直接的に役に立たない。

つまり、過去に経験した問題などありえない。だから経験に価値がないわけではないが、経験は概念化して活かしていく必要があるのだ。

話を戻そう。では、問題がなくなる中で、ナレッジワーカーに求められる役割はなんだろう。それは問題を創ること、問題創造である。

注意しておきたいのは、問題を創ることといわゆる問題発見は違うということだ。問題発見というのは問題があることを前提として、潜在的な問題を探し出していくとである。これに対して、問題を創るというのは、問題があることを前提としない。その中で問題を創るのだ。


◆問題を創ることはビジョンを創ること

問題を創るにはどうすればよいのだろうか?

なぜ、問題がなくなったかはすでに述べたように、これまでに問題解決が行われて、不満や不便、不足を感じなくなったからだが、もう少し深く考えてみると、これは、望んでいる状態になってきたからに他ならない。

三種の神器という言葉がある。これはもともと天皇が皇位のしるしとして,代々伝えた3種の宝物で、八咫鏡、草薙剣、八坂瓊曲玉を指す言葉であるが、1950年くらいから手に入れたい憧れのものという比喩で使われるようになった。1950年代に白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目、新三種の神器、その後、デジタル三種の神器、キッチン三種の神器などが言われた。

このようにモノの時代には、成し遂げたいゴールはモノを手に入れることであり、問題はそれを持たないことや、モノの機能が低いことややデザインの問題だった。これに対して、モノが一通り行きわたると、何が欲しいのか分からないなってきた。

そこで、一部の人たちは洞察し、どういう風になりたいのかが考えるようになってきた。すると、モノとは関係のない答えも出てくるようにもなってきた。そしてそれは人によって違う。いわゆるビジョンだ。そして、ビジョンができれば、ビジョンを実現するために何をするかという問題が生じてくる。

これは企業でも同じで、1970年代までは先進の企業と同じ土俵に立つことがゴールだったが、それが達成されると何をしてよいか分からなくなってきた。残念ながら多くの日本企業、特に大企業では、このような状況でも依然として先進の企業を追いかけたがっている。そこでトップに立って以来、立ち止まって前進しないという選択をした。そうしているうちにGAFAに代表されるような先進企業が出てきて、追いかけるターゲットができたので、最近は少し元気になっているように見える。


◆ナレッジワーカーの新しい役割

上で触れた自動車の自動運転の例で考えてみても、ここは明確だ。欧米の企業は、自動運転によって自社がどうしたいのか、そしてそれを通じて社会をどう変えたいのかを明確にした上で取り組んでいる。つまり、ビジョンは明確なのだ。

これに対して、日本企業は社会をどう変えたいかというビジョンは持つが、その中で自社がどういう役割を果たすかについて自社のビジョンがない。自社については技術的なものしか持っていないように見える。これはビジネスのビジョンがないということであり、おそらく成り行き任せで進めていくのだろう。

このような態度は本来のあるべき姿ではない。トップに追いついて問題がなくなったら、新しいチャレンジをして問題を創らなくては成長しない。

言い換えると「こうなりたい」というビジョンを明確にし、社員やステークホルダーで共有し、問題を創った上で解決していかなくてはならない。

つまり、ナレッジワーカーに求められるのは、問題を創った上で解決することである。ただし、解決についてはAIの発展などの変化によってこれからどんどん少なくなっていくだろう。つまるところ、ナレッジワーカーがすべき仕事は問題を生み出すことであり、それを解決する方策をAIに学習させることになるだろう。


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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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