◆アマゾンと楽天
ネット販売といえばアマゾンと楽天を思い浮かべる人が圧倒的に多いだろう。アマゾンが設立されたのが1995年、楽天は1997年でインターネットが普及しはじめた時期に設立され、ネットの発展とともに事業を成長させてきた感のある両社である。日本に関していえば、アマゾンの日本語サイトが設立されたのは2000年なので、楽天の方が3年ほど早かったことになる。また、アマゾンがマーケットプレイスを開設したのは2003年なので、楽天より5年くらい遅れてスタートしたと考えてよいだろう。
今では、アマゾンはクラウドサービス「Amazon Web Services(AWS)」に収益源が移っているものの、14か国でサイトを展開し、売上げでも楽天とずいぶん差が開いているようだが、通販事業自体においても格段の差があるように感じる。その理由になっているのが、おそらく、需要の本質に対応しているかどうかだと思う。
◆アマゾンのビジネスモデル
筆者はアマゾンも楽天も比較的早くから使っている。アマゾンに至っては2000年から書籍の購買に使っている。当時のアマゾンはひどいものだった印象がある。オペレーションが整備されておらず、トラブルが絶えなかった印象がある。実際に、返品や交換なども何度もした。その点では楽天は比較的、当初からオペレーションの質が高かったように感じている。
しかし、現在の状況を見ると、少なくとも筆者が利用している範囲では通販サイトとして楽天がアマゾンに勝っていると感じるところはない。
理由を考えると3つある。まず、もっとも重要なのはビジネスモデルである。アマゾンはロングテールと呼ばれる、販売機会の少ない商品でもアイテム数を幅広く取り揃えること、または対象となる顧客の総数を増やすことで、総体としての売上げを大きくすることを狙ったビジネスモデルを開発した。今、思えば、アマゾンが登場した当時は、このビジネスモデルは非常に違和感があったが、今はネット通販では標準的なビジネスモデルになっている。
少し脱線するが、アマゾンの創始者であるジェフ・ベゾスは、アマゾンを設立した当初、開業4~5年間では利益を挙げることはできないと予測していた理由はこのビジネスモデルにあったというが、まさに予測通りだということなのだろう。
当時ベゾスは自社のビジネスモデルについて、アマゾンのビジネスモデルは誰にでもコピーできるものだ。重要なのはビジネスモデルではなく、ブランドだ。この戦略の有効性はマクドナルドをみればよくわかると言っていた。まさにその通りになった。ネット上では現実世界にもましてブランド力が大きな影響を持つといわれるが、今やアマゾンはマクドナルドと同じくらい、ブランド力のある企業になっている。
◆アマゾンの変化の速さ
2つ目は、アマゾンの変化の速さである。
日本でのサービスを始めた当初オペレーションが酷かったのだが、クレームに真剣に対応し、改良していった感がある。筆者も何度かクレームした。すぐに対応してくれるのはもちろんだが、感心したのは1~2か月のうちに、そのトラブルの根本的原因になっていると思われるシステム(仕組み)を変更しているという経験があった。これは凄いことだと思う。
同時に、最近は終了したようだが、梱包に関するクレームをずっと集め続けていた。これもロングテールの発想なのかもしれないが、そして梱包の方法をどんどん変えていった。筆者は週に1~2回は何かを購入しているが、現在は梱包に関するトラブルは皆無で、開梱も手軽にできるようになっている。
◆アマゾンのチャレンジ
もう一点は、新しいものをどんどん取り入れていることだ。
その典型がデジタル機器である。まず、書籍に対してKindleを投入し、スマホ、タブレット、AIスピーカーとかなりクオリティの高い製品を投入している。同時に、プライムサービスを提供し、書籍、音楽、映像などの定額サービスを展開し、どんどんクオリティを高めている。
このほかにも、生鮮食料品を手掛けたり、最近では、実店舗の展開も始めた。どんどん、新しいことにチャレンジしている。
また、オペレーションやロジスティックにおいても、小売業の他社に先駆けた自動化や、ラストワンマイルへの新しいアプローチのチャレンジなど、どんどん新しいチャレンジをしている。
◆アマゾン経営の3つの特徴
このように、アマゾンの経営は、「長期的視野」、「顧客中心主義」、「発明中心主義」特徴としている。アマゾンは改善やイノベーションの際に、この3つにかなっているかどうかを重視しているように見える。
では、どうしてこの3つに絞っているのかと考えてみると、本質的な需要があるかだらと思われる。これは、まず、前提になっているのがすべてのビジネスプレイヤーがそうであるように顧客中心主義だろう。ただし、本当の顧客中心主義を実現しようと思えば、顧客の需要の本質を的確に見極める必要がある。
◆顧客の要望への対応
これは、顧客の要望にいちいち対応することではない。ここがポイントだ。
かつて、アップル社のCEOだったスティーブ・ジョブズがiPhoneを開発したときに「人は自分の欲しいものを本当にはわかっていない」と言ったされるが、実際、顧客の声にはこのような性質のものが多い。
顧客を満足させようとすれば、逐一対応するのではなく、ある範囲の要望をまとめて解決するようなアイデアが必要である。
たとえば、自分が好きな音楽を流してほしい、目覚ましに音楽を使いたいという2つの要望を満たそうと思えば、オーディオに目覚ましの機能を付ければよい。しかしここに、時には恋人の好きな音楽も聞きたいとか、時には子供の声で目覚めたいとかいった要望があれば、そんなに単純ではなくなる。
このような場合に、ソフトウエアで実現できる要望だと、ソフトウエアの拡充をして済ませてしまうが、それではどんどん使いにくくなってしまう。多くの日本の家電製品はこのパターンで失敗しているし、ここで頑固にオリジナルの機能にこだわるというのもブランド力が相当ないと難しい。
◆アマゾンのコンセプチュアル経営
そこで考えられるのは、一旦、要望を集めて概念化し、そこから機能に展開していくという方法だ。例えば、アマゾンのAIスピーカーの例でいえば、上のような顧客の要望を「コミュニケーションの要望」だとまとめ、コミュニケーションを提供する環境を与えるという発想で作られている。
この要望を集めて概念化するところで、本質的な重要が何かを見極めることができるかどうかが問題である。
ここで注目すべきは、現実にできる範囲でやるという発想ではなく、本質的な需要を実現するために新しいことでもチャレンジしていることだ。つまり、「顧客中心主義」を実行するために、「長期的視野」で、「発明中心主義」で仕組みを開発し、業務を遂行しているといえる。
このような経営をうまくやっているのがアマゾンで、うまくできていないのが楽天ということなのだろう。
◆本質的な需要をベースにしたコンセプトががイノベーションの鍵
本質的な需要を集めることは実はイノベーションの鍵になる。日本の企業であまりよいイノベーションができないのは、ここができていないからだ。顧客の声は集める。しかし、それを実現する際に、概念化せずに、取捨選択を決めて目標を決めていることが圧倒的に多い。これでは、世の中をあっと言わせるようなイノベーションはできないだろう。
だからといって需要のないことでいくら斬新な製品を提供しても、何も起こらない。スティーブ・ジョブズが「人は自分の欲しいものを本当にはわかっていない」ということで、自分たちでどんどんスペックを決めていったのは、顧客の声を無視したということではない。顧客には見えていない、自分の要求を概念化した要求を考え、それを具体化した。だから、iPhoneは売れたのだ。
これからはこのような思考が必要になるイノベーションが必要な分野が増えてくる。例えば、「空飛ぶ自動車」だ。これは、顧客の声からは何も出てこない分野だろう。だからといって、開発者が好きなように作ればいいというものではない。やはり、顧客の要求を読み取り、そこからコンセプトを創り、製品化していかないと普及は難しいだろう。
そのために必要なことが本質を見極めるスキルで、本質を見極めた上で、同様な本質の要求に対してソリューションを提供していくことだ。言い換えると、コンセプチュアルに経営を行うことである。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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