◆注目されるプロジェクトガバナンス
プロジェクトガバナンスという言葉が目につくようになってきました。
日本では一部のプロジェクトマネジメントのプロフェッショナルの方は早くから関心をもってきた分野です。PM学会では2006年に特集をやったりしていますが、そんなに議論が広まってきませんでした。やっとここにきてという感じです。
◆テイラーの科学的管理法
ちょっと話は変わりますが、最近、機会があって、フレデリック・テイラーの「科学的管理法」を読みました。
フレデリック・テイラー(有賀 裕子訳)「|新訳|科学的管理法」、ダイヤモンド社(2009)
日本では、テイラーの研究は、人間を機械化するものだという評価が定着しているようです。チャップリンの「モダンタイムス」と重ね合わせている人も多いと思います。ところが、これまた、日本では人気のある経営学者であるピーター・ドラッカーは、「マネジメント」の中で、
テイラーの研究の動機は、心身を蝕む苦役から労働者を解放したいという思いであり、労働生産性の向上により、労働者にまずまずの暮らしをさせたいという思いだった
と指摘しています。「科学的管理法」を改めて読んでみて思うのは、プロジェクトマネジメントは、もう一度、テーラリズムに戻った方がよいのではないかということです。
この本の中でテイラーはこんな警鐘を鳴らしています。
管理のメカニズムを、本質や哲学と混同してはいけないのである。同じメカニズムを用いても、悲惨な結果に終わる場合もあれば、非常に成果につながる場合もある。
これこそ、テーラリズムの本質でしょう。
プロジェクトマネジメントを支えるメカニズムは数多くあります。テイラーたちが研究した「銑鉄の運搬」、「シャベルすくい」、「レンガ積み」、「ベアリング用ボールの検品」、「金属切削」に比べると、われわれがプロジェクトで行っていることははるかに複雑な業務であり、それをカバーするために多くの管理のメカニズムが考えられています。その集大成がPMBOK(R)だといってよいでしょう。
◆哲学とメカニズムの混同
ところが多くのプロジェクトは、テイラーが指摘するとおり、管理のメカニズムを哲学と混同しています。その結果何が起こっているかというと、労働者に、心身を蝕む苦役を与えています。
極論を言っているわけではありません。たとえば、50人以上のITプロジェクトで、最後までメンバー全員が心身とも健康で終わったプロジェクトは金のわらじを履いて探さないとならないのではないでしょうか?哲学を間違えたプロジェクトマネジメントのメカニズムは間違いなく、メンバーの心身を蝕んでいるわけです。
今でも、PMBOK(R)のような明確な管理のメカニズムの導入に反対するマネジャーは少なくありません。そのマネジャーたちが口をそろえるのはこの問題です。つい最近も、あるIT企業の部長から、PMBOK(R)ベースのプロジェクトマネジメントの仕組みを導入し定着してきたが、一方で、プレッシャーがきつくなり、メンバーの健康問題が目立つようになってきたことに対して意見を求められたことがあります。まったくのテイラー問題ですね。
テイラーの考えた科学的管理法のうち、「科学的手法の設定」についてはどんな企業でも導入し、プロジェクトで行うようなすごく難しいタスクについても、扱えるくらいに発展しています。これはテイラー以来、100年の科学の成果だといってよいでしょう(というか、工学や経営学ですね)。
ところが、哲学を明確にし、実行している組織は決して多くありません。これは日本企業と欧米の企業の差ではないかと思います。プロジェクトマネジメントという「科学的手法」の導入に当たっても、まったく同じです。哲学がありません。
◆科学的管理法の哲学とは
ちなみに、テイラーのいう科学的管理法の哲学というのは以下の4つです(p.44)
(1)マネジャーが、一人ひとり、一つひとつの作業について、従来の経験則に代わる科学的方法を設ける
(2)働き手が自ら作業を選んでその手法を身につけるのではなく、マネジャーが科学的な観点から人材の採用、訓練、指導などのを行う
(3)部下たちと力を合わせて、新たに開発した科学的手法の原則を、現場の作業に確実に反映させる
(4)マネジャーと最前線の働き手が、仕事を責任をほぼ均等に分け合う。かつては実務のほとんどと責任の多くを最前線の働き手に委ねていたが、こからはマネジャーに適した仕事はすべてマネジャーが引き受ける
(1)〜(3)は科学的管理法の本質になる哲学です。これは多くの企業で十分とはいえないまでも実施されているようです。問題は(4)です。
◆プロジェクトにおける科学的管理法
プロジェクトマネジメントというマネジメントメカニズムを例にとって考えてみましょう。今の企業はマネジャーだけで管理をすることは難しいので、生産管理や品質管理、プロジェクトマネジメントオフィスような管理を支援するスタッフ部門がありますが、とりあえず、これはマネジャーの一部だと考えて話を進めます。
(1)はプロジェクトマネジメントという「科学的方法」を設定しています。そして、それを行うプロジェクトマネジャーを選び、訓練や指導をします。ここは少し怪しいと思われます。さらに、(3)については、多くの組織のマネジャーが自分たちだけではできないと悟り、プロジェクトマネジメントオフィスを作って実現しようとしてきました。これは比較的うまくいっているのではないでしょうか?
問題の(4)です。マネジャーに適した仕事は
(A)現場のオペレーションの合理化(科学的手法の導入と運用)
(B)プロジェクトの成果を経営に生かし、ひいてはメンバーの生活をよくすること
の2つだといえます。上にも述べましたように(A)はPMOによってかろうじて実現されています。ところが、(B)は多くの企業では実現されていません。
(B)を行うのがプロジェクトガバナンスです。
◆ガバナンスには顧客視点が重要
最後に、こういう議論をすると、外資系の方からは違和感があるという意見が出てくると思います。働き手と会社の利益のコンフリクトにおいて、会社が強いためです。この点についてテイラーは興味深いことを言っています(100年前です)。会社と労働者の利益は相反するとして上で、
一見したところは、働き手と雇用主しか目に入らない。第三の関係者である「消費者」を忘れているのだ。消費者は、働き手と雇用主が生み出した製品を購入し、働き手の賃金と雇用主の利益の両方を負担する。したがって、消費者は雇用主や働き手よりも大きな権利を持つ(p.158)
と述べています。
顧客視点こそが、プロジェクトガバナンス強化の本質ではないかと思います。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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