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第37回 官僚制の逆機能と如何に戦うか(2009.11.09)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


前回から成熟度向上への取り組みについて書き始めたが、もう少し、いろいろな視点から考えてみたい。


◆あるPMOマネジャーの話

最初に半年くらい前に、あるメーカのPMOマネジャーから聞いた話。

「組織としてプロジェクトマネジメントがだいぶ進んできた。計画書のレビュー、定期レビューなど、プロジェクトマネジャーの活動を徹底的に支援しており、計画を中心にしたプロジェクトの運営が軌道に載ってきた。一方で、プロジェクトマネジメントの仕事がペーパーワーク化しているのではないかと思うことがある。メンバーにITツールによる報告を促し、とりまとめ、分析して上司や我々に報告している。これを優先的にやっているようだ。確かに計画の運用は重要であるが、それが一番ということはない。先日も全社のPM推進会議で、報告と実態が違うプロジェクトが多いというのが問題になったところだ。プロジェクトマネジャーが現場をみていないのではないか」

ある意味で感慨深いものがある。この企業は3年前までは、プロジェクトマネジャーの計画軽視に悩んでいた企業である。現在のPMOマネジャーが就任して以来、PMOとして計画書の作成のチェックなどに徹底的に取り組んでおり、その成果だろう。

実はこれと同じ話は、何件か聞いたことがある。


◆抵抗がなくなると官僚制の逆機能は容易に起こる

プロジェクトマネジャーがPMBOK(R)流のドキュメント中心のプロジェクトマネジメントの導入に抵抗をするのはある意味で健全である。日本の企業には、何よりも現場が大切で、現場が健全で初めて顧客に満足な商品やサービスを提供でき、それが経営的な成果をもたらすという発想がある。この発想に基づくプロジェクトマネジメントへの抵抗は強いのだが、いったん、抵抗感がなくなってしまうと、マートンのいう「官僚制の逆機能」が生じるのは意外と簡単なようだ。

ちなみに、マートンの指摘する官僚制の逆機能というのは、規則や手続きを遵守しようとする態度が、規則や手続きそのものを絶対視するような態度へと転化するなど、本来は「手段」にすぎない規則や手続きが「目的」に転じてしまう。これを「目的の転移」「目標の置換」などとよんでいる。

プロジェクトマネジャーが官僚制の逆機能を起こす理由は、おそらく、楽だからではないかと思う。


◆官僚制の逆機能の例

たとえば、実際にあった話。ある企業が、納期遅延の根絶を目的にプロジェクトマネジメント改善活動を行った。各プロジェクトで、アクティビティの遅延率を5%以内に納めるという目標を立てるように決めた。この目標を達成するために、チェックリストを作った。1つのアクティビティは平均すると3日程度だ。

あるプロジェクトマネジャーはアクティビティの完了後1日以内の報告というルールを徹底した。これをやっているうちに、報告を集め、チェックをすること自体が目的化してしまった。本来であれば、プロジェクトマネジャーが報告を求める目的は、遅れているところに対して、5%以内という目標を達成すべく指導を行うことだ。にも関わらず、報告を求め、遅れたところにはがんばれという声をかけるだけになってきた。さらにプロジェクトが終盤にさしかかると、激励から叱咤に変わっていった。現場に入っていくことに比べると遥かに楽だ。

典型的なプロジェクトマネジャーの逆機能である。「ありえない」と感じるプロジェクトマネジャーは健全だ。だが、この現象は思ったよりも進行しているし、日本ではこれからますます進行していく可能性がある。

著者が運用しているブログ「ビジネス書の杜」で2006年のアワードに選んだ、スコット・バークン氏がマイクロソフトの経験をまとめた「アート・オブ・プロジェクトマネジメント」にこの議論が出てきている。バークン氏は「目標とプロセスを取り違える」と指摘し、蔓延を示唆している。

※Scott Berkun(村上 雅章訳)
アート・オブ・プロジェクトマネジメント ―マイクロソフトで培われた実践手法
オライリー・ジャパン(2006)


◆トレードオフの解消が成熟度向上の決め手

プロジェクトマネジメントの成熟度を上げていく上で、このトレードオフはきわめて本質的な問題ではないかと思える。実際に、プロジェクトマネジメントの定着に取り組んでいる組織で、羹に懲りさせて膾を吹かせているところは珍しくない。

これをやっていると、プロジェクトマネジメントは必ず形骸化する。少なくとも、「日本企業の強みを活かせる」なプロジェクトマネジメントはできない。

このトレードオフのバランスを自然にとる方法はある。当面の問題解決だけの規則や手続きを設定しないことだ。さらに規則や手続きを手段として達成しようとする目的を忘れないように言い続けることである。

たとえば、上のアクティビティ遅延率5%以内の話。聞いた瞬間に納得した。この施策には目的がないからだ。さらにいえば5%というのは目標っぽく見えるが目標といえない。


◆最後に

この謎かけの答えは書かずに、その代わりに最後にもう一つ、この問題の別の側面に触れておく。

プロジェクトマネジメントの形骸化という問題の本質は「施策提供側」、つまり、PMOの官僚の逆機能である。施策を設定し、規則を作る。当然、それはらPMOの「成果」として経営層に報告する。PMOはコストセンターである。PMOの人件費に効果は遵守率である。そうなってくると施策が有効かどうかは二の次になる。こちらはたとえ話ではなく、まさに官僚の逆機能なのだ。そうならないように気をつけたいものだ。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「プロジェクトマネジャー養成マガジン」や「プロジェクト&イノベーション(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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