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第2回 「対話(Dialogue)」による目的の共有(2008.06.17)

オープンウィル代表 中村 文彦


【ソフトウエア受託開発プロジェクトのキックオフにおける対話シーン】

PM  「以上で、プロジェクトの概要説明と質疑応答は終わりにします。ここからは、このプロジェクトの目的について全員で話し合ってみたいと思います」

全員  「はい、了解です」

PM  「それでは、今回のプロジェクトの目的と考えることを、思いつくままに挙げてみて下さい。ブレーンストーミング的に進めていくので、他者の意見に対する批判は無しでお願いします。出たものは、私がホワイトボードに書き出していきます」

メンバA「何と言っても目標利益を達成することだと思います。ボーナスをたくさんもらうためにも重要です」

PM  「はい、目標利益の達成ですね。大切ですね」

メンバB「僕は、お客さんに満足してもらうことが何よりも大切だと思います」

PM  「もう少し具体的に言うとどんなことでしょうか」

メンバB「お客さんの目的をちゃんと理解し、それを実現することだと思います。今回は、最終顧客へのサービス向上を目的とされているようなので、目的を明確にするなら、その辺りのことをもっと理解する必要があると思います」

PM  「なるほど、確かに重要ですね。そこは後で時間をとって深く考えてみましょう。他には何かありませんか」
営業部員「営業部としては、このお客さんを重要顧客として考えているので、関係性を深くして今後の受注量を増やしたいと考えています」

PM  「営業部としても大切なお客さんなのですね」

メンバC「新しく参画する若手メンバには、まずプログラミングとプロジェクトの進め方を覚えてもらう必要があります」

PM  「そうですね。若手には若手の目的がありますね。・・・ところで、事業部としての目的は何でしょうか。目標利益の達成以外に何かありますか」

事業部長「事業部戦略としては、ソフトウエアサービスをインターネットで提供するビジネス展開を掲げているが、今回の仕事はその足がかりにしたいと考えている」

PM  「なるほど、事業部の戦略についても我々はこのプロジェクトを通してちゃんと理解する必要がありますね。……さて、いろいろと挙げてもらってありがとうございました。それぞれの視点からいろいろな目的が出てきました。では、これらの目的について、もう少し掘り下げてみたいと思います。何か話し合ってみたいテーマはありますか、特になければ、まず最初にお客さんの立場に立って意見交換を進めてみたいと思いますが、よろしいですか…」

   *   *   *   *   *   *   *   *   *

 プロジェクトを開始するにあたり、プロジェクトチームにその目的を示すことは多くのプロジェクトで実行されていると思います。
 教科書的に言えば、プロジェクトの目的は背景やニーズの説明とともに、顧客組織や上位組織から文書として提示されることになります。(現実的には、明確に提示されないことも少なくありませんが。)
 しかし、与えられたものを単に読むだけでは、その目的に対して本気で取り組もうとする気持ちはプロジェクトチームになかなか生まれません。外部から提示された文面を読むだけでは、その目的に感情移入することが困難だからです。

 そもそもプロジェクトは多目的です。プロジェクトが生まれた背景やニーズから導き出される目的は一つかもしれませんが、そのプロジェクトに関わる人々はさまざまな目的を持ちます。
 それぞれの目的を明確にせず、顧客組織や上位組織から提示された目的を頭で理解しようとするだけでは、腹の底から湧きあがってくるような責任感は生まれません。
(もしも顧客組織や上位組織から目的が提示されていない場合はなおさらです。)
 つまり、「目的を共有する」というのはプロジェクトの目的を一つに絞り込むことではありません。

 プロジェクトチームが心から目的を共有し、プロジェクトに対する責任のある関与を生み出すためには、上記の対話シーンのように目的について意見を交換し、内容によっては掘り下げてみることが重要です。
 目的について話し合うことは、それぞれが持つ目的を言葉にして表出化し、その違いを明確に理解することに第一の意義があります。
 そして、それぞれの目的やその背景を傾聴し尊重し、複数の目的を並べて眺めてみることで始めて、それぞれの目的の関係性や優先度を考えることができるようになります。
 顧客組織や上位組織から目的が明確に提示されていない場合も、顧客や上位組織の立場に立って考え、与えられている情報をもとに想像してみることで、プロジェクトチームとしての仮説を持つことができます。
 そして、その仮説をもとに顧客組織や上位組織と対話することで自分達の仮説を修正し、明確に提示されなかった目的を共有することができるようになります。

 対話による目的共有の効果を整理すると次のとおりです。
  ・プロジェクトの多目的性を理解できる。
  ・関係者の価値観の違いを認識できる。
  ・相手の立場で考えられるようになる。
  ・対立を協調的に解決しやすくなる。
  ・目的の意義を知性と感情の両方から理解できる。
  ・目的の優先順位を理解できる。
  ・チームとしての一体感が醸成される。
  ・モラールが向上し、生産性が向上する。
  ・振り返りの際に学習効果が高まる。

 このような目的に関する対話の場は、さまざまな階層でさまざな機会を見つけて行う必要があります。
 また、開始時だけではなく定期的に実施し、自分たちが目的に沿った行動を取っているかを振り返ったり、軌道修正したり、状況変化に対応したりすることが大切です。

著者紹介

中村 文彦    オープンウィル代表 中小企業診断士

1962年生まれ。明治大学文学部卒。大手食品メーカーの戦略的物流システム開発プロジェクトにプログラマーとして従事した後、営業およびプロジェクトマネジメントを担当。その後、中堅情報サービス企業にて、経営管理全般および組織開発・人材開発を担当し、独立。また、NPO日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)に所属し、各種研究会やPMシンポジウムの企画・運営等のプロジェクトマネジメント推進活動に参加している。
中小企業診断士、経済産業省認定情報処理技術者(プロジェクトマネージャ、上級システムアドミニストレータ)
著書『ITプロジェクを失敗させる方法 〜失敗要因分析と成功への鍵』ソフトリサーチセンター

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