第6話:標準とコンセプチュアルスキル(2013.09.06)
◆標準の歴史
標準という概念を説明するのは難しいものがあります。そもそも、20字ちょっと書いたところで、概念なのかという疑問を持たれた方もあるのでしょう。公私のいずれでも非常に身近な存在でありながら、どんなものかは人によって違うというのが標準です。
なんで突然、標準を取り上げたかというと、10年くらい前に出た本が、文庫本で出たので読み直したところ、ずいぶん、面白いと感じたからです。
橋本 毅彦「ものづくり」の科学史 世界を変えた《標準革命》 (講談社学術文庫)」、講談社(2013)
この本によると、標準のはじまりは、1700年代の終盤に、フランスのオノレ・ブランという技術者が互換性部品という概念で銃を開発しようとしたのが始まりだそうです。互換性部品というのは、銃を再構成が可能な50個の部品から構成する。そして、もう一つ完璧に同じ部品からなる銃を作れば、それぞれの銃は部品を取り換えても機能するというものです。今では当たり前ですが、これは画期的な発想だったわけです。これで銃の修理が便利になるからです。
その後、軍事戦略が変わり、軍事要求が変わります。そして、その要求に対応していったのが、ジャン・バティスト・ヴァケット・ド・グリボーヴァルという軍事技術者でした。グリボーヴァルは標準規格化した兵器体系の一環として、武器の製造方法や、部品の製造方法を標準化しました。そして、これが製造コストを下げるのに役立つのではないかと考えるようになり、工員の教育なども含めて推進していきました。
このような試みは地方の職人の反乱にあい、結局、失敗するのですが、これを米国に持ち帰ったのが、米国のフランス大使だった、トマス・ジェファーソンでした。
米国の技術者たちは、フランスで生まれた技術を育て、コルト拳銃を生み出します。そして、工作技術の進歩は、加工される製品の標準だけでなく、工作作業自体の標準化を促します。どのような切削工具によって、加工品をどのようなスピード、力、深さで切削するか。この問題に挑んだのが標準化の元祖のように思われているフレデリック・テーラーです。テーラーの仕事は標準に「経済性」という画期的な性質を与えることになります。
ここから、標準化は経済性のために行われるようになったのです。
◆標準化の目的
前置きが長くなりましたが、標準という場合、製品(部品)の標準と、製品を作る作業の標準があります。また、作業の拡張として管理やマネジメントの標準というのも考えられるようになりました。
改めて標準化の目的とはどのようなものでしょうか?製品や部品の標準化は、製品のコスト、および、製品の製造コストの削減を実現します。また、部品レベルでの品質の向上により、製品品質向上に寄与します。
作業の標準化は、製品の品質の向上を実現しますと同時に、誰が行っても同じものができる、つまり、量産が可能になり、規模の経済性を求めることができるようになります。また、自動化にもつながり、製造の人件費の削減をもたらします。
ここまでは議論の余地はないと思いますが、問題は管理やマネジメントのような非定型なものの標準化です。最近、スタートアップマニュアルなるものがたくさん出てきましたが、これはスタートアップの標準を示したものです。また、マネジメント標準といったものもあります。
このような標準は、部品の標準化や作業の標準化とは少し意味が違います。部品を標準化すれば、同じ部品とは確実に交換できますし、作業を標準化すれば確実に同じものができます。
◆マネジメントの標準化
ところが、スタートアップの標準やマネジメントの標準はその通りやっても、同じ結果がでてくるとは限りません。なぜかというと、抽象度が異なるからです。標準という意味が違うといってもよいでしょう。
たとえば、PMBOK(R)というプロジェクトマネジメントの標準があります。40以上の項目についてマネジメントの方法が手順化されており、非常に便利です。ところが、この通りにやろうとしてもできません。ここでいう手順とは、スコープ定義とか、WBSの作成といったもので、そのために必要な情報やアウトプットすべきことは決めていますが、作業そのもの手順を細かく定めているわけではありません。また、アウトプットやインプットにしても抽象的なものです。
具体的な作業方法を決めている作業標準とは異なり、抽象的なものです。なぜ抽象的になっているかというと、ひとつの理由はマネジメントという仕事自体が抽象的なものなので、具体的に示しようがないという理由があります。
もう一つの理由は、標準というのは、その通りにやれば望ましい結果が生み出す正しい方法論と定義されることがありますが、マネジメントを行う環境には不確実性がありますので、その中でうまくいく方法を示そうとすれば、どうしても抽象的になります。
◆マネジメントの標準は抽象的である
これがマネジメントの標準の本質だと言えます。つまり、マネジメントの標準を実行する場合には、抽象的な標準を具体的なマネジメントの作業にする方法を考える必要があるわけです。
PMBOK(R)は抽象的で使い物にならないという批判をする人がよくいました。今でもいるかもしれませんし、いろいろな社内のマネジメント標準を抽象的で使いにくいと言う人はたくさんいます。特にエンジニアの人は技術標準には具体性がありますので余計そのように感じるのでしょう。そして、もう少し具体化してほしいといいます。
これは認識違いです。マネジメントの標準は抽象的だからこそ、具体的な実現方法に多様性があり、役立つものです。こうすれば絶対にうまくいくという方法がないので、抽象的なところから、具体的なソリューションを考えなくてはならないわけです。
たとえば、PMBOK(R)の導入には2つのタイプがあります。抽象度を保ったままで、自社への適用方法を考えているタイプと、具体的なプロセスに落としているタイプです。マネジメントしたプロジェクトの性格が関係してきますので、後者が悪いとはいいませんが、強い組織を作りたければ前者にすべきです。
今、標準にフォーカスして話をしていますが、これはマネジャーが自分のやり方を持っている場合も同じです。自分のやり方をハウツー集のようにして持っていても、そこに出てくることしか対応できません。言い換えると経験したことにしか対応できません。しかし、抽象化して自分のやり方を持っていれば、それを応用していろいろなケースに対応できます。
これがマネジャーにコンセプチュアルスキルの必要な理由の一つですし、センスがいいと言われる(プロジェクト)マネジャーが普通にやっていることです。
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著者紹介
好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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