◆ライフサイクルとイノベーション
第58話の「イノベーションの視点」で、技術ライフサイクルとイノベーションの視点の話をしました。今回の話はその続きです。
まず、最初に復習ですが、技術ライフサイクルとは、以下のようなものです。
(1)揺籃期(生まれる)
技術のユーザの求める機能は不明確であり、多くの考え方が提唱される
(2)成長期(育つ)
ドミナントデザインが確立され、技術に対して共通したイメージが生まれる
(3)成熟期(働く)
技術のユーザは技術の効用を重視
(4)衰退期(衰える)
技術のユーザはその技術に投資をしなくなる
このライフサイクルの中で、技術イノベーションは揺籃期、および成長期に活発に行われます。特に、成長期にドミナントデザインが確立されると、イノベーションの評価指標(性能や機能の着眼点)が決まりますので、一挙にイノベーションの競争が起こります。性能競争とか、小型化競争などです。
◆技術イノベーションは不毛である
話は脱線しますが、このステージで起こるイノベーションの競争は好ましくないという指摘がされるようになっています。時間と労力をかけて新しい技術を開発しても、すぐに追いつかれてしまうため、開発費用を回収する前に次の開発を行わなくてはならず、結果として投資回収ができないままで終わってしまうという指摘です。
それに追い打ちをかけるように、技術進化が早いので、成熟期に入るのが早まり、成熟期に入ってコンシューマー化し、価格競争に陥りるため、ますます、投資の回収が困難になっていきます。
例えば、デジカメとか、PCを3〜4年に一度買い換えると、相場が安くなっているのにびっくりすることがあります。ユーザとしては非常にうれしい話なのですが、これを作っている人たちのことを考えると、何ともいえない気持ちになります。
◆技術イノベーションは先進国の仕事ではない
一方で、もっと深刻な問題もあります。ダニエル・ピンクが書籍「ハイ・コンセプト」で先進国は今のような仕事をしていると、今と同じ水準の報酬を貰うことは難しいだろうという指摘をしています。たとえば、技術主導型の開発をするのであれば、インドと競争すると、賃金と技術力のバランスで先進国は負けるだろうという指摘です。
これは、成長期の問題になります。
ダニエル・ピンク(大前 研一訳)
「ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代」、三笠書房(2006)
最近、ユニクロがグローバルな同一役職、同一賃金を打ち出して、賛否が議論になっていますが、実際にはこんなことは起こっています。たとえば、IT業界のプログラマーの賃金はおそらく、アジアの国々の賃金が反映されたレベルになっているように思います。知人で40歳くらいのエンジニアでプログラマをやっている人の年収を聞いてびっくりしたことがあります。彼は新しい技術に詳しく、能力的にも高いにも関わらずです。
◆コンセプトをイノベーションする
この2つの問題を一度に解決するのが、「コンセプト」のイノベーションです。技術をブレークスルーするのではなく、コンセプトをブレークスルーするわけです。
ここでいうコンセプトとは何か?コンセプトにはいろいろな定義がありますが、ここで使いたい定義はMBAコースに行っていたときに加護野忠夫先生に教えて戴いたもので、
誰に(顧客)
何を(価値)
どうやって(事業、製品)
提供するかに対する基本的な考え方がコンセプトだというものです。つまり、コンセプトを変えるとはこのいずれかを変えればよいということになります。ちなみに、同じ神戸大学の三品和広教授は、これはイノベーションではなく、リ・インベンションであり、区別すべきであると言われていますが、ここではイメージが分かりにくくなるので、コンセプトのイノベーションと呼ぶことにします。
三品 和広「リ・インベンション: 概念のブレークスルーをどう生み出すか」、
東洋経済新報社(2013)
◆ウォークマンのコンセプトイノベーション
コンセプトのイノベーションの代表例はウォークマンです。ウォークマンはカセットテープレコーダーにコンセプトのイノベーションをして生まれました。カセットテープレコーダーはFMなどから好きな曲を録音して、楽しむというコンセプトでした。これに対して、ウォークマンは、若者をターゲットにし、好きな音楽を持ち運び、歩きながら聞くというコンセプトに変え、大成功をおさめました。
ここで注目したいのは、ウォークマンには録音機能がついていないという点です。これがある意味、技術のイノベーションとコンセプトのイノベーションの違いを表しています。技術をイノベーションする場合、新しい技術で新しい機能を付加することによって価値を固めるというのが基本路線になります。そのため、あまり必要ない機能であってもなかなか、捨てることができません。製品としてはそれなりの価値があるためです。
ところがコンセプトをイノベーションする場合には、機能は結果です。したがって、コンセプトの実現に不要な機能は切り捨てます。むしろ、コンセプトによってはシンプルであることに価値がある場合が少なくありません。
◆コンセプトを競合から守るには
コンセプトが技術に依存しないものであると、どのようにして競合から独自性を守るかという問題が出てきます。技術は特許で保護できますが、コンセプトは一般にはできません。上に述べたように今は特許で保護されていても、あっという間に別の方法でより優れたものを実現するというイノベーション合戦が起こっていますが、ずっと技術は優位性の根源でした。だから技術信仰があるのです。
コンセプトのイノベーションの実施においては、コンセプトを考えることと同じくらいコンセプトと製品の隅々までいきわたらせることに配慮することです。そして、さらには会社の隅々までいきわたらせることです。
この良いお手本がアップルです。良く知られているように、ジョブズは徹底的にコンセプトの実現にこだわりました。また、製品だけではなく、マーケティングや販売においてもコンセプトの実現にこだわっています。
そのようにしてコンセプトが隅々までいきわたると、なかなか、マネができるものではありません。アップルはアップルストアで体験を提供しているから強いのだと言われているのは、まさにそういうことでしょう。
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1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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