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第113話:パラドックスについて考える(2016/05/25)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人



久しぶりに書きたいテーマがあってPMスタイル考を書くことにした。そのテーマは、パラドックスを受け入れることだ。

数々の賞を受賞しているベテランジャーナリストのジェフリー・ロスフィーダーが、ホンダに関する書籍を書き、ホンダらしさを実現しているのは

・パラドックスを受け入れていること
・三現主義
・個性を尊重すること

の3つだと指摘している。非常に興味深い指摘だが、おそらく、三現主義や個性の尊重はある程度、実践している企業があるが、パラドックスを受け入れているのは数少ないのではないかと思い、今回のPMスタイル考でテーマにした。

ジェフリー・ロスフィーダー「日本人の知らないHONDA」、海と月社(2016)

◆パラドックスとは

まず、パラドックスとは何を意味しているのかを明確にしておく。パラドックスとは、「矛盾」、「逆説」、「ジレンマ」を意味している。

数学では分野では「一見間違っていそうだが正しい説」もしくは「一見正しく見えるが正しいと認められない説」等を指して用いられるので、理系の人ならこちらの方のイメージが強いかもしれない。

また、ウィキペディアでは、「正しそうに見える前提と、妥当に見える推論から、受け入れがたい結論が得られる事を指す言葉」と定義されている。

この記事で使うパラドックスの意味は最初の最も広いものである。ビジネスでよくみられるパラドックスとは、たとえば、「分散」と「集中」、「権限委譲」と「生産性重視」、「破壊的イノベーション」と「既存ラインの流用」、「自社開発」と「オープンソース」、「ロボット」と「人手」といったものがある。


◆パラドックスを受け入れるとは

では、パラドックスを受け入れるとはどういうことだろうか。

文字通り捉えれば、「矛盾」、「逆説」を受け入れるということだ。たとえば、「分散」と「集中」、「権限委譲」と「生産性重視」といったことを受け入れるということになる。

分散と集中を受け入れている具体的な例を挙げると、社員の管理の例がある。ライン型の組織で集中型の管理する一方で、プロジェクトを行うに際しては分散型の管理を行うといったものだ。あるいは、定常業務ではすべて決められたプロセスで業務を行う一方で、研究開発業務においては特にプロセスを設けないといった組織もある。


◆二重性を無くしたい

パラドックスを受け入れるということは、上記のような二重性を持つということだが、多くの企業や組織はパラドックスを嫌がる。たとえば、プロジェクト制度を導入する際に必ず、社員の管理をどうするかという問題が出てきて、分散と集中のパラドックスを受け入れることなく、ラインに一本化してしまっているケースが多い。

この問題の根深さは検討することすら嫌がる企業が多いことからもよく分かる。

検討すると際限がなく、常に戦略を見直し、現在の戦略で十分に評価できていない点を探さなくてはならない。そのためには、選択肢を純粋に理解し、素直に評価できなくてはならないが、それは大変な手間がかかるからだ。

もっとも、それ以前の問題として、「気持ち悪い」から二重性なんか認めたくないという意識があるのだろうが。この問題が、ダイバーシティーの実現の阻害と表裏一体になっているのは間違いないだろう。


◆二重性を無くすと起こること

二重性をなくしたいという思惑の背後には、人間が関与する仕事において、品質と生産量のばらつきをなくしたいという意図がある。そのためには、二重性を無くすことは短期的には効果的である。

半面、このような取り組みは、クリエイティビリティを排除してしまい、長期的にみればうまく行かないことが多い。

ジェフリー・ロスフィーダーは、パラドックスを排除して失敗した例として、3Mの例を取り上げられている。

20世紀の3Mは世界有数のクリエイティブな多国籍企業だった。実際に、マスキングテープ、ポストイット、スコッチテープ、エース包帯など、数多くの有力製品を持ち、過去5年の新製品で全体の3分の1以上の利益を上げていた。3Mにとってこの数値は重要な経営目標でもあった。

ところが、2000年にジェームス・マックナーニが生え抜きではない初めてのCEOに就いてから、財務体質の強化のためにシックスシグマを導入した。結果、バランスシートは改善されたが、一方で5年に以内の新製品による利益は21%まで下落した。

3Mはこの状況を問題だと判断し、その後の後継者であるジョージ・バックリーは、工場にはシックスシグマを残しつつ、研究開発部門についてはシックスシグマを中止し、再び、30%を超えるまで回復した。


◆発明だけの問題ではない

2000年以降の一連の取り組みのレビューとして、発明は無秩序なプロセスであるためだと結論づけられた。ただ、研究開発活動の成果が一律に出るというのは考えにくく、これはあらかじめわかっていたのではないかと思われる。

にもかかわらず、すべての活動にシックスシグマを導入したのは、パラドックスによる二重性を嫌がっていたからだろう。

このような傾向は3Mに限ったことではないし、また、経営レベルの活動に限ったことではない。標準化をするときに、まずはある範囲で行い、それをだんだん広げて最終的には組織全体に一元的にやろうとする組織は極めて多い。


◆プロジェクトマネジメントにおける二重性の排除

たとえば、プロジェクトマネジメントの標準を決める際に、収益率の管理を重視するなら一元的に管理した方がよい。しかし、数億円の規模のプロジェクトと、数百万円のプロジェクトを同じように行うことは合理的ではない。しかし、数百万円のプロジェクトも同じように扱おうとする。○○はしなくてもよいといったルールを設けて。

これは明らかに合理的ではない。仮に同じところからスタートしても、改善の方向性が異なり、だんだん形が変わっていくのが普通だからだ。

この問題にはさらに複雑な問題があり、大規模なプロジェクトは小規模なプロジェクトより重要であるという一元性がある。事業戦略によってはそうかもしれないが、大規模重視の戦略をとっている場合にも、非常に重要な規模の小さいプロジェクトがあることは明らかであり、やはりパラドックスがある。

つまり、大規模プロジェクトと小規模プロジェクトというパラドックスを受け入れ、それぞれにおいて最適化を目指すべきなのだ。それが、クリエイティビリティの実現の方法であるといえよう。



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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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