◆レスポンシビリティとアカウンタビリティ
プロジェクトを成功させるためには、2つの責任を全うすることが必要です。一つは、レスポンシビリティ。これはRAM(Responsibility Assignment Matrix:責任分担表)としてプロジェクトマネジメントの手法の中に出てくるので、よく認識されています。「実行責任」ということで、プロジェクトチームのメンバーの一人一人が、自分の与えられた仕事を遂行する責任です。
もう一つ、アカウンタビリティという責任があります。これは日本語では、「説明責任」とか、「成果責任」と呼ばれる責任です。分かったようで、よく分からない言葉なのですが、もともとアカウンタビリティは経営の用語で、企業がステークホルダに対して持つ経営判断に対する説明の責任です。今、アカウンタビリティという言葉を使うときは、もっと広い意味で使われていて、組織や個人が影響を与えたことに対して、その意志決定の理由を合理的に説明する責任です。簡単にいえば、組織や個人がどうしてそのような行動をとったかを合理的に説明する責任ということです。
◆アカウンタビリティのキーワードは合理性
アカウンタビリティのキーワードは合理性です。たとえば、こんな状況を考えてみて
ください。
顧客から、スコープ追加の要求がありました。顧客の言い分は契約の範囲内として、その機能はつけるべきだということです。契約の解釈によっては確かにそのようにも解釈できます。そこで、プロジェクトマネジャーは対応することを決心しました。幸いにも現在のところ、予算とスケジュールに多少余裕があります。メンバーに少し頑張って残業をしてもらうことにすれば、コストベースラインとスケジュールベースラインは維持したままで対応できそうです。ということで、組織へは定例報告会で、事後報告として行いました。
◆アカウンタビリティを果たしているか
さて、この対応はアカウンタビリティを果たしているといえるのでしょうか?アカウンタビリティを果たしているといえるにはこの行動が合理的かどうかが問題になります。
たとえば、メンバーはすでに残業協定ぎりぎりで仕事をしているところに、その枠を超えて残業をさせることによって顧客の要求に応えるとすればどうでしょう。いくら制約条件になるベースラインをクリアしているといっても、アカウンタビリティを果たしているとはいえないでしょう
では、残業を嫌がるメンバーに無理に残業をさせるのだとすればどうでしょう?これは微妙です。もし、会社が「ワークライフバランスの確保により創造的な仕事をする」という戦略を持っていたら、アカウンタビリティを果たしたとはいえないと思います。しかし、「可能な限り顧客の要望に応え、ファンを増やす」という戦略を持っていたらこれはアカウンタビリティを果たしているといえるでしょう。つまり、合理性があるとは、その行動を組織が合理的と思えるかどうかが問題なのです。
◆アカウンタビリティは双方向
ここで注意しておいてほしいのは、アカウンタビリティという責任の方向性です。レスポンシビリティは下から上への責任概念です。つまり、上司が命じて、部下が応えることに対する責任です。ところが、アカウンタビリティに上下はありません。つまり、双方の責任概念なのです。
上の例を考えてみてください。仮に、「ワークライフバランスの確保により創造的な仕事をする」という戦略があったときに、プロジェクトの上位管理者がプロジェクトマネジャーに伝えていなかったとします。それを知らずに、プロジェクトマネジャーが残業でカバーするという対応をとろうとしたことになります。プロジェクトとしてはアカウンタビリティを果たしたことになりませんが、では、誰に問題があるのでしょうか?
意志決定をしたのはプロジェクトマネジャーです。しかし、アカウンタビリティを果たしていないのは、プロジェクトマネジャーではなく上位管理者です。
プロジェクトの要員配置をぎりぎりにしている状況に対しての説明責任が果たされていません。「ワークライフバランスの確保により創造的な仕事をする」に対して、残業をしないとできないような要員配置をしていることに問題があります。もし、そのようにせざるを得ないのだとすれば、その理由をきちんとプロジェクトマネジャーに説明し、当初予想以上の負荷が生じそうになった場合への対処をきちんと説明しておくべきなのです。これがこのケースでアカウンタビリティを果たすという意味です。このようにアカウンタビリティの場合には、上位者が下位者に対して果たすべき責任も含まれてきます。
アカウンタビリティがなぜプロジェクトの成否に重要なのか、おわかりいただけたでしょうか?
◆どうすれば責任を果たせるか
さて、ではどうすれば責任を果たせるのでしょうか?レスポンシビリティはプロジェクトマネジメントの基本である、PDCAサイクルを確実に回すことによって責任を実行していきます。これはご承知のとおりです。
ではアカウンタビリティを果たすにはどうすればよいのでしょうか?もう一度、上の問題を考えてください。少し抽象的にいえば、アカウンタビリティを果たすためには、組織が共通の価値を持っていることが重要だということが分かります。上の場合ですと、「ワークライフバランスの確保により創造的な仕事をする」という戦略として価値設定をしています。おおよそ、価値はビジョンや戦略に根ざしています。
言い換えると、プロジェクトにおいてアカウンタビリティを果たすためには、価値を共有することが必要で、そのためにはプロジェクトガバナンスの強化が必要になります。
最後に、アカウンタビリティとレスポンシビリティの関係について考えておきましょう。アカウンタビリティのない状況で、レスポンシビリティを果たすことは、徒労を生み出す可能性があることに注意をしておく必要があります。たとえば、上の例でいえば、メンバーがくたくたになって一生懸命仕事をして、メンバーとしては「スコープ追加」という成果を上げたとしても、それが評価されることはないでしょう。組織の価値が、創造性の高い成果を顧客に提供することにあるからです。
プロジェクトの現場で問題になっている「報われない」という問題の本質はここにあります。チームとしてやりがいを求めることはよいことですが、この問題が解決しない限り、メンバーの「認められたい」という欲求が満たされることはないということだけは認識しておく必要があります。
つまり、プロジェクトガバナンスの強化は、プロジェクトチームが高い動機を持ってプロジェクトを進めていくためにも不可欠なものだといえます。
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好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「コンセプチュアル・マネジメント(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。
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