◆ヤマハの光るギター「EZ-EG」
前回、上方影響力の重要性について説明したが、今回は、ちょっとはなれてある開発物語を紹介しよう。
紹介するのは、ヤマハの光るギター「EZ-EG」の開発物語である。この商品の開発は、大きな話題になったので、ご存知の方もいらっしゃるだろう。インターネットでアイディアを公募し、それを実現する形で開発された商品はモニタ販売で50台を24時間で完売。さらに、追加のモニタ販売は100台を準備したが、1300人の応募があった。その後、正式に商品化され、1番品を2年間で2万台売り、大成功を収めた商品である。
さて、この商品を開発したのは、旭保彦さん(開発当時42歳)。旭氏は「EZ-EG」の開発経緯について以下のように述べている。
昔、学生のころ、カッコつけたい、モテたいの一心でギターを始めたものの、Fコードが押さえられずに挫折したお父さん世代。また、始めてみたいけど練習するのが大変・・・でも、もう一度カッコよく弾きたい。その思いの一点集中で作りました。要は自分がターゲットだったのです」(野中郁次郎、勝見明「イノベーションの本質〜個のコミットメントを高める」より)
以下、野中郁次郎、勝見明「イノベーションの本質〜個のコミットメントを高める」に書かれたケースを参考に簡単に開発ヒストリーを紹介しよう。
2000年5月に旭氏が事業部長から新コンセプト商品開発のミッションを与えられる。これを受けて、旭氏は、12月までに弦が光スイッチでできており、コードを教えてくれるというコンセプトの試作品完成させる。そして、2001年の1月にはラスベガスのビジネスショーに出展。旭のデモで大好評を勝ち取った。そして、帰国後に回った日本の玩具業界でも好評を得た。
このような評判を受けて、5月に営業部門にプレゼンをしたのだが、「これはギターではない」という冷たい反応を示される。営業の後押しなしには商品化は難しい。旭氏は行き詰る。
そのときに、同僚から「たのみこむ」という受注生産サイトを使ったらというアドバイスを受ける。そこで早速、「たのみこむ」サイトのネット企画会議室を活用。なんと、200ものアイディアが集まる。これで社内的な注目を浴びることになる。
この意見を参考に製品設計をしなおし、事業部長にサンプル出荷の承認を得る。サンプル出荷といっても、金型は作るわけなので、実質的には商品化の承認に近い。なんとかクリスマス商戦に間に合わせたいと思った旭氏は、社内の先輩人脈を使って、源田楽器事業部の工場長と交渉。月産1万台が可能なラインの設置を交渉。当然、できないと突き放されるものの、粘り強く交渉し、説得に成功する。源田楽器事業部は総動員体制で取り組み、ライン設置を間に合わせる。そして、12月にサンプル販売で大反響を得て、翌年1月に商品化が決定。6月に発売。そして、冒頭に述べたような大成功を収めた。
◆上方影響力だけではイノベーションは生まれない
さて、開発ストーリーだが、上方影響力に大きな注目が集まるのはいうまでもないが、よくよく考えてみると、上方影響力だけでできるものでもない。たとえば、「たのみこむ」で出てきたアイディアを設計に反映させるには、かなり、部下に対する影響力も持たなくてはならない。
「イノベーションの本質〜個のコミットメントを高める」には、これ以上の記述はないが、おそらく、旭氏自身が持っている「想い」で部下を動かし、また、部下の協力があったので、マーケットインを実現でき、事業部長の説得に成功したことは想像に難くない。
◆なぜ、ミドルなのか?
これが、ミドル・アップダウンなのだ。このあと、ミドルアップダウンについて、この事例を使って詳しく紹介したいのだが、それは次回にし、今回は最後に、なぜ、ミドルなのかという問題を考えておきたい。凄腕のプロデューサであれば、年齢は若くてもできるのではないかと思う人もいるだろう。
経験である。ミドルには、仕事の経験(キャリア)はもちろんだが、それ以外にも人生経験もあれば、社会経験も豊富である。旭氏の経験は、これらの経験があって初めて実現できたといってよいだろう。特に、楽器のように成熟した産業の中では、経験の持つ役割は極めて大きいと思われる。
もうひとつ理由を挙げるなら、発達段階の違いを挙げることができる。ユングの太陽モデルという生涯発達モデルがある。これは人生を正午までと、正午からに分けて、発達段階を示すモデルである。このモデルでは正午は成人前期と中年の境になっている。ユングは午前は自己拡張する段階だとした。ここではさまざまな能力も精神的にも成長していく段階である。そして、午後は自己拡張がとまり、衰えていく時代だとした。ここでは、ある意味で能力は伸びないので、「個性化」が重要だというのがユングの考えである。
◆ミドルは「個性化」を目指す
20年くらい前に、ソフトウエアエンジニア35歳説というのを役所が言い出した。その根拠に、このユングのモデルがあったといわれている。ユングのモデルは年齢を使ったモデルではなく、主観的なモデルなのでこの説は眉唾ものだが、35歳というのはなかなか興味深い線である。仮に、ここを正午だとすれば、ミドルというのは午後(中年期)に入ったばかりの人なのだ。
ここで、個性化を目指すとイノベーションが生まれる可能性が多い。旭氏の例もそうだが、実際に大きなイノベーションの中核になっているのは、頭の柔らかい若年の社員ではなく、ミドルである。この理由は上に述べたような経験の豊富さであると思われる。
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