ひと昔前の異文化コミュニケーションの課題と言うと、日本人 vs 外国人のように、異国の文化を持った人といかに付き合うか、であった。 例えば、欧米人ははっきりYES,、NO を口にする、それに対して日本日人は曖昧な言葉を好む、そんな文化の違いからくるコンフリクトにどう対応していくか、など、など。
今、職場で起こっている異文化は、同じ日本人の間での多様性から来る異文化対応である。雇用形態が多様化し、個が重要視される今の職場では、個人の立場や背景や個人の価値観がオープンにぶつかりあっている。女性と男性、おじさんとOL,おじさんと若者、正社員と派遣社員、新卒での入社者と中途採用、仕事一筋の人、私生活が大事な人、10人がいればまさに10色である。 典型的なひと昔のITの職場を思い出してみれば、そこはグレー一色であった。 グレーの背広の男性が、端末の脇の灰皿に灰で山を作り、電算室の暗い部屋で野球やゴルフの話をしながら、もくもくと仕事をこなしていた。 新人で配属された男性社員がグレーのおじさん色に染まっていくのにそんなに時間がかからなかった。
今と変わらない長時間労働も、仕事が終わって皆で繰り出すちょっと一杯の席で、仕事の愚痴を言い合っている内に疲れも忘れてしまう。 先輩から後輩へ、職場の外の課外実習がなされていた。
そんな職場がここ10年、大きく変わった。 女性がプロジェクトに入り、タバコが嫌われ、スポーツ誌の女性の裸の写真はもうおじさんの朝のコーヒーの友ではなくなり、前の晩に男同士で行ったXXパブの話も禁句になった。 新卒の後輩はおじさんと一緒に酒を飲みに行かなくなり、おじさんはおじさん同士で、若者は若者同士で、縦の交流が横の交流に変わっていった。 せめて、社内旅行で若者との本音の付き合いをと考えているおじさんをがっかりさせるように、社内旅行もなくなり、座敷の宴会からリゾートホテルでのお洒落な付き合いになってしまった。
ITの技術は短期間にどんどん変わり、おじさんの知識はあっというまに昔のものになって、新卒をトレーニングするよりはスキルを持った人を入れたほうがいいと企業は積極的に中途採用を実施している。若いIT技術者はくるくる職場を変え、人の交流はアナログの継承から点の付き合いとなってしまった。 グレー一色の文化は外資の会社から中途入社した極彩色の若者や、若い女性のピンクのスーツで様々な色が散りばめられたパレット状態に変わっていった。
また、成果主義、能率主義が歴然とした色を個人につける。プロジェクトマネジャーは、自分の色を持ったメンバーで、プロジェクトという一枚の絵をそれぞれの色を大事にしながら描かなければいけない。 アメリカは日本よりずっと前からこの状況に挑んでいた。 だから、異文化コミュニケーションや、リーダーシップ、チームビルディングのような理論が学問として展開され、職場で検証され、適応された。 今、日本の職場、ITのプロジェクトでもまさに同じようなことが起こっている。 チームをまとめていくのに様々なテクニックやアプローチが必要となるのである。
多様な価値観を持つメンバーと同じベクトルで仕事をするには、異文化コミュニケーションのテクニックが必要となるだろう。個人の価値を理解と尊重をベースとして傾聴などのテクニックを使い、Win/Winの関係を探っていく。 理想的にはそうであるが、職場やプロジェクトの環境では、お互いを継続的な話し合いで深く関わっていく時間的な余裕も精神的なゆとりもなかなか作れない。短期決戦が要求され、また初めて顔を会わせるメンバーで構成されるプロジェクトチームには、もっと実践的な仕組みが要求されるようだ。 それは明確な役割分担に基づいたコミュニケーションのツールであり、ルール作りである。有効なツールとルールをメンバーの合意で形成していかなければいけない。それでも役割分担のすきまにグレーの部分ができ、ルールを作っても,ツールを用意しても、コミュニケーションは一方通行で終わってしまうのが現実である。最後に残るのは、ルールとツールと明確なプロジェクトマネジメントのプロセスの上に立脚する仕事への情熱とチームメンバーの間の信頼関係なのだ。 さて、翻って、日本人はかつて、滅私奉公といわれながらも仕事への情熱があり、先輩が後輩を助ける、部下が上司を信頼する人間関係が確かにあったはず。 欧米型プロセス重視のスマートなやり方と日本的な泥臭さくも、仕事への達成感を持てたやり方の折り合いはどこになるのだろうか? この課題を問いとして、次回からは職場の中の異文化を構成する様々な断層を考察してみたい。 ジェンダー、つまり男性と女性の断層、世代の断層、価値観の断層、人種の違いなどを、異文化コミュニケーションの観点から見てみたい。
永谷 裕子
MBA, PMP, JUAS認定システムコンサルタント
米国オハイオ州マローン・カレッジ卒業(心理学)。米国オハイオ州立大学でMBA取得。同州の保険会社でプログラマーとしてスタートする。その後、ユーザー企業(主に多国籍企業)、情報処理サービス会社においてSE、ITプロジェクトマネジャーとして多数の情報システム開発プロジェクトに参画する。特に国際的なITプロジェクトに豊富な経験をもつ。2011年まで、PMI日本支部の事務局長としてプロジェクトマネジメントの啓蒙・推進・指導などの活動にあたっている。 著書”ボーダレス時代を生き残れる人、生き残れない人” 訳書(共訳)に”プロジェクトマネジメント・オフィス・ツールキット“(Jolyon Hallows)がある。
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