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第10回 決めない管理がプロジェクトを複雑にする(2010.08.10)

プロジェクトマネジメントオフィス 好川 哲人


◆はじめに

予定よりだいぶ遅れたが、やっとこの連載も復習モードから、新しい内容へと移っていく。

これまで、主に戦略整合など、ガバナンスの話をしてきたが、まず最初のテーマとして戦略的にプロジェクトを行うことの意味を考えてみたい。

◆問題提起

まず、最初に問題提起をしたい。あなたは、SIプロジェクトの収益責任者(プロジェクトスポンサー)だとしよう。入札により新規顧客のシステム開発の案件を受託した。顧客が契約の際に、RFPに提示した以上の仕様の実現を要求してきた。さて、あなたはどういう対応をするか。

(1)開発予算を変えないことを前提に要求を受け入れる
(2)見積もり提案を楯にとって、拒否する
(3)顧客の意向に沿う再見積を提案し、仕様に見合う契約額を求める
(4)事業責任者の意向に沿う
(5)事業戦略に沿う

講演・研修でよくやるショートエクスサイズなのだが、どこの企業でも(3)と(4)が多い。メーカの場合には、SIプロジェクトを商品開発に変える。

あなたは事業計画で承認されている新商品開発プロジェクトのプロダクトマネジャーである。事業計画では、商品の簡素化による新規市場の開拓を戦略として開発が承認されている。ところが、開発プロジェクトが始まると、営業部門が既存顧客への配慮を求めてきた。平たくいえば、既存顧客にも売りたいので、従来の機能を残したままで、新規の機能を追加した商品にすることを求めている。さて、あなたはどういう対応をするか?

(1)原価を変えないことを前提に営業の要求を受け入れる
(2)事業計画を楯にとって、拒否する
(3)営業の要求を聞き入れることを前提に予算の調整を行う
(4)事業責任の意向に沿う
(5)事業戦略に沿う

こちらの場合、(1)が多い。意図的には、SIプロジェクトの場合と対応しているのだが、(4)はある程度いるが、(3)はほとんどいない。現実的にそうはならないからだろう。

◆プロジェクトは複雑に「なった」のか

さて、このエクスサイズをなぜ講演や研修でやっているかというと、「プロジェクトをシンプルにする」をテーマにした活動の中である。上の話は(1)〜(3)はすべて仕様を増やすという方向性の選択肢であり、(4)〜(5)はその企業や組織による。本当に(1)〜(3)でいいのかということだ。

市場が多様になった、プロジェクトが複雑になった、などという意見をよく聞く。確かにこのような意見は実感だと思う。実際に上の話をすると、結構、強烈に反論されることが多い。

ここで問題なことは、「なった」といっていることだ。なったのではなく「した」のではないのか?

例えば、行き過ぎた顧客・市場至上主義という言葉を使われることがある。「顧客が要求している」、「市場が求めている」というのが究極の他責ワードである。顧客が要求しようが、市場が求めようが、対応を決めるのは企業であり、その代表であるプロジェクトマネジャーである。その意味で、なったのではなく、したのだ。

◆The Power of Simplicity

非現実的だという意見に対して、おもしろい本を紹介しよう。1998年に出版されたJack TroutとSteve Rivkinという本がある。「The Power of Simplicity: A Management Guide to Cutting Through the Nonsense and Doing Things Right」。この本では、GM、ゼロックス、3Mといった優良企業の経営をシンプルという切り口で批判している。中でも、GMはついに破綻をしたが、そのときの様子を見ていて、著者たちの視点の正しさを痛感した。まさに経営を複雑して、つぶしてしまった感がある。

一方で、著者たちは出版の当時は苦境にあった、スティーブ・ジョブスを絶賛している。そして、10年後、ジョブスは、シンプルな商品とシンプルな経営でついに、マイクロソフトを追い抜いた。

問題は、よく問題提起されるように、「なぜ、日本企業はiPhoneを作れないのか」である。

◆決めないことがものごとを複雑にする

どこに分岐点があったのかと考えて見ると、決めることである。上の問題提起の中で、(1)〜(4)は決めないことを意味している。例えば、SIプロジェクトで追加要求があった場合に、追加予算を要求するというのは典型的な意思決定をしないパターンである。

要するに複雑さを増やすためには、決めなければよい。「この機能を追加することに決めました」といっているとき、大抵は決めていない。決めるというのはそれと交換に何を削るかを決めることだ。シンプルにするためには決めなくてはならない。それだけのことなのだ。

決めないことは思考停止といっても過言ではない。例えば、商品開発プロジェクトで、従来の機能を全く削らないというのも思考停止である。

決めないというのは成長期の市場では一つの選択である。しかし、成熟した市場で削らないという選択はありえない。あり得ないことをやっているので、あり得ないプロジェクトの制約条件が生まれているだけである。特に、プロジェクトが顧客接点になっているSIプロジェクトでは、自業自得である。

上の選択肢でいえば、(5)が正しい。プロジェクトスコープはプロダクトスコープもプロジェクトスコープも戦略的に決める。戦略的に決めるということを誤解している人がいる。

◆体系的に捨てる

「戦略とは捨てること」とは、ドラッカー以来、さまざまな識者によって語られてきたことだ。ドラッカーはイノベーションについて、「体系的」「計画的」に捨てることと指摘している。要求定義におけるユーザとの対話の難しさとは、何が欲しいかを聞き出すことではない。これ自体はあまり大したことではないし、分析ツールも多い。
既存のもので何を捨てて良いかを聞き出し、体系化、計画化することである。捨てることは本質的に難しいのに輪をかけて、他人の意図を聞き出すのだからとんでもなく難しい。

戦略的プロジェクトマネジメントでもっとも求められることはこれだ。では、体系的、計画的に捨てるにはどうしたらよいか。戦略に沿う、つまり、戦略を解釈し、その解釈に基づいて捨てるものを決めることだ。

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著者紹介

好川哲人、MBA、技術士
株式会社プロジェクトマネジメントオフィス代表、PMstyleプロデューサー
15年以上に渡り、技術経営のコンサルタントとして活躍。プロジェクトマネジメントを中心にした幅広いコンサルティングを得意とし、多くの、新規事業開発、研究開発、商品開発、システムインテグレーションなどのプロジェクトを成功に導く。
1万人以上が購読するプロジェクトマネジャー向けのメールマガジン「PM養成マガジン(無料版)」、「PM養成マガジンプロフェッショナル(有料版)」や「プロジェクト&イノベーション(無料」、書籍出版、雑誌記事などで積極的に情報発信をし、プロジェクトマネジメント業界にも強い影響を与え続けている。

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